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  [ 引退。マネージャーの理不尽さ。 ]
2011-09-21(Wed) 14:01:12
3年半に及んだ体育会生活も、つい先日をもって引退しました。

結局最後の大会は、リベンジマッチを果たすことは叶わず、
私たちが入部して以来、最悪の結果を残しました。
(女子はそうでも無かったですが)

その後、例年のように引退式が行われ、
そして年に一度の無礼講、引退後のコンパ。

「私たちの代は、弱かったんだな」

っていうのをまざまざと見せつけられた。
上の代よりも、二個上の代よりも。
「君たちには期待できる」ってずっと言われ続けてきたけれど、
実際結果も残してきたけれど、
結局、自分たちが一番上になったときに結果を残せなければ、何の意味も無い。

「一位にならないと、勝たないと意味が無い」
それを人は「体育会思考」だと言うし、「洗脳」だと笑うかもしれない。
でも、この2つの大会と引退を通して、私たちは思い知らされた。

確かに、この3年半の生活に意味が無かったとは思わない。
苦しかったこと、つらかったこと、辞めたかったことばかりで、
だけどその分、貴重な経験や、その経験が無かったら考えないようなことを、
身をもってたくさん考えらえれたから。
私はこの3年間を無駄だとは思わない。
でも、後輩たちからしたら、私たちは「間違っていた」のである。
今後、コーチは言うだろう。
「お前ら、今の4年生みたいになりたいか!? あんな無様な思いをしたいか!?」と。
事実、最後のコンパで、私たちはべろんべろんに酔った後輩から言われたのである。
新体制の理想、それは「勝っていた代に戻ること」だと。
「勝っていた代にはあって、今には無いものを取り戻したいです」と。
そして後輩から、「なんで今年は負けちゃったんですか?
負けちゃったのは、マネージャーの先輩たちのせいでもあるんじゃないですか?」と。
どんなに立派な理想をもっていても、
勝たなかったらそれはすべて「間違い」で、
勝ったらすべて「正解」なのである。
自分がそこにいくら意味づけをしても、他人からはそうは見てもらえない。

後輩から、そんなことを言われて。
悔しいよ。悔しいさ。
強かった、自慢の同期たちを馬鹿にされて。間違っていたんだって言われて。
みんな、あんなに努力していたのに。誰よりも頑張っていたのに。
2年生も3年生も、お前ら、私たちがお前らの学年だったときはメダル取ってたぞ。
お前らは入賞すら叶わず、準決勝すら進めず、へらへら笑って「次がんばります」って。
なんでそんなやつらに馬鹿にされなきゃならないんだ。
思ったよ、本気で。
でも、4年生ばかりでレースに出ても、勝てなかった。
だから、うちの代は弱かったんだろう。
下手に下級生の時に結果を出していたから、驕っていたんだろう。
「おれたちは強い」って。

負けたのが、私たちマネージャーの責任でもあるのなら。
一体マネージャーのどこをどうすればよかったのか分からない。
自分はトップダウンの組織から、多様性の組織に変えることに尽力したが、
もしかしたら、それが間違っていたのだろうか。
「数は力」ではなくて、「少数精鋭」こそが正しい姿なのか。
分からない。分からないよ。

後輩から「先輩たちのせいじゃないんですかー?」と言われたのはめちゃくちゃ悔しくて、
そしてめちゃくちゃショックだった。
同期マネージャーたちは、
「自分には関係なくて、先輩たちだけのせいだと思っている考え方は正直問題」と言っていた。
だけど、今年の組織を形だけでも束ねてきた身としては、
自分の理想も、ビジョンも目標も、すべて間違っていたと言われた気がして、
どうしたらいいか分からなかった。

引退して、組織から遠のいて。
その瞬間、今までの自分の経験とか、いた組織をちょっとだけ客観視できるようになった。
そこで見えてきたのは、マネージャーの矛盾である。

私の大好きな漫画、「ちはやふる」のセリフで次のようなものがある。
「他人の夢を、自分の夢にしてはいけない」
マネージャーとはまさに、これ以外のほかでもないと思った。

チームとして日本一を取らなければならない。
それは事実である。
だからこそ、マネージャーの戦うフィールドがあるのであり、
私たちは、自分たちの努力が日本一の一端を担っていると信じ続けている。
しかし現実問題、日本一のために、実際に戦うことができるのは選手だけである。
選手のその日のモチベーション、エネルギー源、
私たちが貢献できる部分はたくさんあるだろう。
だけど、貢献が必ずモチベーションを上げるかは分からない。
そこは、その人次第なのである。
その時点で、どんなに頑張っても日本一はマネージャー自身の夢とは言い切れない気がした。

だって、

マネージャーが影響を与える―①→選手―②→日本一

ってことでしょ?
この影響を与える部分の変化と、日本一の因果関係は成り立たない。
日本一が取れなかった時には、①と②のどちらに原因があったかを考える必要があるが、
①がどんなにだめでも、②が良ければ日本一は取れるのであり、
①がどんなによくても、②が悪かったら日本一は取れない。
①が悪いせいで、②の質が落ちるという可能性は大いに考えられるが。
だけど、私たちも責められるのだ。
あなたたちの理想は間違っていて、だから日本一をとれなかったのではないかと。
これがマネージャーの本当の理不尽さだと思った。

だから、次に何かを目指すときには、絶対に他人の夢を自分の夢にしてはならないと思った。
そんなのつまらない。
もし失敗したとき、成功したとき、それまでの自分についてうまく評価が出来ないし、
どう次に活かしたら成功するのかを考えられないから。

もしかしたら、マネージャーだって「日本一」ではない、もっと明確な目標を持っていいのかもしれない。
個人としてはあるのだから、組織として。
でも、それでもきっと、私たちの取り組みは目では見えないものなのだ。
絶対に最終目標の当事者にはなれないのだから。
だから、マネージャーは難しいのである。
引退して、引退したからこそ、見えてきたもの。
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