diary

のんびりまったり徒然なるままに。
  [ スポンサーサイト ]
--------(--) --:--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | TB:× | CM:× |
  [ 分かっているつもり ]
2006-11-10(Fri) 20:29:57
目の前にもし自殺しようとしてる人がいて、それを止めることができますか?

っていうことを、思わず考えてしまう。
最近、中学生の遺書残しての自殺が多いじゃないですか。
マスコミで流せば流すだけ、また同調するかのように、増えていく。

ついに、自殺予告なるものまで表れて、何だか異常な感じがする。
伊吹文科大臣は
「君の命は君だけのものじゃない。小さい頃はお母さん、お父さんに包まれて……」
というようなことを言っていた。
命の大切さというと、よく言われること。
「自分ひとりのものじゃない。見守ってくれる人がいる。たったひとつしかないものだから。この先いいことがあるかもしれない。失ったらもうどうしようもない。みんな悲しむ」
自殺を考えている人に、多分、それでは通じない気がする。

命の大切さ。
自分では分かっているつもりなんだけど、いざ言葉にすると何か偽善っぽくなるというか、言葉は所詮言葉で、心に全く響かないというか。
もしかしたら、本質的には分かってないのかなぁと思い始めた。
ちょっと女王の教室など思い出しつつ。笑
言葉で理解したつもりになっているだけで、誰かに教わってそうだと信じているだけで、実感こもったものがない。
命の大切さを言葉で伝えるのって、難しくありませんか。

今までは、その人の大切さを、もっとも身近な人が、一生懸命伝えることができれば、少しは生きようと思えると思っていたけど。
どうなんだろう。

本当に伝えたいこと、大切なこと。
言葉で伝えられることには、限界があるのかもしれない。
言葉よりも、態度とか、ひとつひとつの動きとか、そういうもので伝えられることの方が、ずっと大きいのかも。
「あなたが大切」って一言言うより、一生懸命相手の話を聞いてあげるその態度の方が、よっぽど「大切」という気持ちを伝えられるかもしれない。

でも、自分ももしかしたら、命の大切さを本当の意味で分かっていないのかもしれないと思うと、かなり怖いね。
分かっていても、言葉にできないというのは、あるかもしれないけど。
スポンサーサイト
徒然日記TB : 0CM : 0
でっかい声で言ってやるHOME1年は、長い

COMMENT

COMMENT POST

:
:
:
:



 
 管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

この記事のURL
   http://clearblue.blog32.fc2.com/tb.php/191-dd47bebe



copyright © 2017 diary. All Rights Reserved.
  
Item + Template by odaikomachi

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。