diary

のんびりまったり徒然なるままに。
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  [ 問答無用の大人。変わったこと。 ]
2015-04-19(Sun) 01:58:45
先日27歳になった。問答無用の大人である。許されない大人である。

この1か月で変わったこと。
遂にというか、ようやくというか、やっぱりと言うべきか。初めての部署異動があった。勤務地も変わった。
3年間同じ場所にいたので、初めての異動は期待と不安と半々くらい。でも不安が大きいかもしれない。
そしてなによりも一番変わったと思うことは、声を大きくしては言えないけれど、この1か月で仕事がほんの少しだけ好きになった。

係長と示し合わせたかのように休日出勤をした2月最後の土曜日。
あれから年度末まで、ほぼ毎週のように休日出勤が発生した。
2月3月と恐らく残業時間は月100時間を超えていたと思う。この部署は例年そうで、これが結構メンタルに来るのだが、今年は不思議と精神的に楽だった。
というのも、あの休日出勤から、係長との関係が非常に突き抜けたから。

それは上司の指導育成と戦略の賜物なのか。上司の高いコミュニケーション能力の恩恵なのか。
「部下」である私は真実が分からないから、個人的な感想であるけれども、あの休日出勤で少なくとも私は以前に増して係長への信頼が生まれた。
この上司は自分と同じ価値観で仕事をしていると認識し、そこに信頼を置く大きなきっかけになった。

係長はいつも仕事に対して愚痴を吐く。常に異動したいと零し、本当に勘弁してほしいと口では言う。
しかし、結局いつも先のことを考えて、どんなに自分が損する(残業する、あるいは休日出勤する)ことになっても、最も正攻法で、他人に喜んでもらえる道を選ぶ。その根底には、仕事に対する思いが明確にある。
「異動したいよね」と散々愚痴って笑いを取りながら毎日終電まで、下手したら休日出勤でも終電まで働くのだ。
「係長」という会社人生の長さや、家族もいるという人生経験を考慮すれば、恐らくもっとズルができるし上手く生きられるとも思う。
でも係長は絶対にそれをしない。
愚痴を言うけど、クソ真面目に一生懸命。いつも仕事の本質を見失わない。

この人、実は凄いんじゃないか。
それはもしかしたら当たり前のことなのかもしれない。一生懸命、正直に、真面目にやるということ。でも、当たり前のことを、ここまで当たり前にできる人が、果たしてどれほどいるだろう。
信頼できる上司だと思った。信頼してついていきたい上司だと。
表面的で薄い人間関係では無く、きっちり本音で接して、仕事の議論を行いたい上司だと思った。

そう思ってから、実は仕事が楽しくなった。
年度末で少なくともどちらかは異動だろうから、それまでにこの上司から学べるところを全て学んでおきたいと、そう思うようになった。
その意識が影響したのか、それとも年度末ハイのせいだったのか。
係長との関係も、これまで以上にフランクになっていった。

ひとつには、3月に入り係長があまりに「異動したい」と言うものだから、それを課長とふたりして弄っていたというのがある。
お約束の流れがいくつかあった。まるで新喜劇的なコントで、それを繰り返すうちに組織で会話の弾みやすい空気感が生まれて行った。そういうのはある。
でもやっぱり何よりも、しなくても良い休日出勤を何度も繰り返す中で、信頼関係が生まれていったように思う。
「まさか明日はご出勤されないと思いますが(笑)」
「ええ、まさかこの土日に係長にお会いすることは無いでしょうね(笑)」
「そりゃ私は仕事が嫌いだから来ないですよ(笑)」
「私だって何が悲しくて土曜日に出勤するんですか(笑)」
金曜日の残業中、お互い冗談交じりによくそんな茶番を言っていた。
でも、その時点で分かっていたのだ。
少なくとも自分は出勤するし、その時この上司(部下)も恐らくいるのだろうということ。でもコミュニケーションの「型」として、そんなことは一言も言わない。でも言わなくても分かり切ってるし、相手が分かっているということもお互いなんとなく認識している。仮に本当に出勤しないのならば、冗談半分で言う上司では無い。恐らく即座に真面目な顔で謝ってくるだろう。出勤出来なくて申し訳無いと。
このしょうもない会話の中で、実はこれだけの情報量と前提があって、それを共有出来ているということが、おそらくコミュニケーションの円滑化に一役買っていたのだろう。言わなくても分かるということ。
仕事に対する価値観が近いということが、おそらく最も根底にあり、意味をなしていたように思う。仕事を嫌いとは言いながら、結局責任感でやってしまう。そこには妥協をしない。そういう価値観はおそらく近いものがあったと思う(もっと言えば、係長の方が更にストイックだったとは思う。私の方が割と妥協もするしズルもする)。そんなコミュニケーションをしても、お互い不快にならずに出勤出来たんだから。

扱っていた「仕事」の目的への思いは私もある程度あるし、係長は確固として持っている。
でもそれを達成するための個別の「手段」は別に好きではないと思う。
例えば、相手の出方を伺いながら調整するとか、資料を作るとか。もっといえば残業を伴うとか休日出勤とか。別にそういう行為そのものが好きなわけでは無いと思う。
ただ、その「手段」を講じるために、価値観の近い上司とコミュニケーションを取る時間がとにかく楽しかった。
そこで、私はようやく気が付いた。社会人3年目にして、とても大事なことに気が付けた。
「仕事は人」とは良く言うけれど、それはこういうことを言うのかもしれない。
「仕事が嫌い」とずっと思っていたけれど、それでも楽しく仕事はできる可能性があるのだと。
仕事のうち、私が嫌いなのはあくまで「手段」なのだ。調整するとか落とし所を見つけるとか。お願いするとか相手が不快に思うだろうことを言わなくちゃいけないとか。もっと言えば初対面の人と話さないといけないとか、そういう根本的なところ。私はそれが嫌いなのだ。
でも一方で、私は同じ価値観で仕事の出来る人と一生懸命頑張れることを、とても楽しいと思えるのだ。
そうやってコミュニケーションを取れることが、同じ価値観でいると分かり合えることが、実は凄く楽しいのだ。
これが本当に、目からウロコだった。

そんなコミュニケーション手段の獲得で何が変わったかと言うと、私の係長への信頼が増したのはひとつだけど、それ以上に課長たちからよく「楽しそうだ」と言われるようになった。
会話の内容は「異動したい」を基本とする中身の無いものばかりだったけれど、とにかくポンポンとテンポよく会話が進む。課長からはよく「(私)は強くなった」とも言われた。直属の上司に突っ込み入れているんだから、そういう評価にもなるだろうと思う。
係長は遠慮していた私に突っ込めるようになったし、私も係長に突っ込めるようになった。私はそれに反論出来るようになった。そうして、職場に笑いが生まれた。
仕事はもちろん真面目に取り組んでいたけど、業務時間外は本当に冗談ばかり言っていた。でもスイッチが切り替わるようにやっぱり真面目に仕事の話をした。
そのような中で、上司としてはもちろん尊敬しているけれど、この係長はそもそもめちゃくちゃ面白い人なんだな、と思うようになった。
そして、私はこの人が人としてとても好きなのだと、この人に出会えて良かったなと素直にそう思った。
社会人になって初めて、同期以外で、コミュニケーションを取ることが楽しい人に出会えたと思った。
大げさだけど、そこにまた感動したのだ。

何よりも良かったと思うのは、仮にも男と女ではあるけれど、色気のある状況には全く陥らず、ぶれることなく「業務について」そして「異動したい」で盛り上がれたこと。
私は1年部下をやっていたけれど、結局係長について知っていることはほとんどない。年齢と家族構成くらいしか知らない。
少なくとも係長は、私に対してプライベートを開示しようという意思は一切無かったと思う。むしろ頑なに出さないようにしていたとすら思う。それは会話での言葉の使い方や、話題の選び方からなんとなく感じるところだった。
逆に私に対しても、一切プライベートを聞かなかった。例えば、週末何をしているの? 普段何をしているの? そういう世間話すらしなかった。だけど、私はそれが凄くやりやすかった。組織の自分でさえいれば良いという気軽さ。
かたや中学生のお父さんで係長。一方アラサーオンナで当時はまだ3年目。
いつも思うのだけど、生きている世界が全然違う。会社における役職も、人生経験も。持っているものも、直面している人生も。
でもそんな全く異なる人間でも、「仕事」という媒体を通じて、コミュニケーション出来るのだから本当に面白い。
逆に「仕事」を通じると、そういう全く違う世界にいる人とも、価値観の共有が出来る可能性がある。それってもしかしたら、凄く面白いことなのかもしれない。そういうことに気がつけた1年だった。

そして3月末。結局、私も係長も部外に異動になった。
誰よりも寂しがったのは課長で、異動が決まってからは毎日のように「ふたりとも晴れ晴れとしちゃってさぁ」と恨み節を言いながらも、帰り際には「ふたりが異動するまで、あと○日かぁ……」と呟いていた。
異動の雰囲気が漂い始めてから、それまで仕事が忙しかったのもあり、全く飲みに行ったり出来なかった課長と係長と、何度も飲みに行った。あるときは私の地元まで来てもらったし、あるときは仕事終わりに打ち上げで、またあるときは部の飲み会のあと2次会で。
私は飲むたびに、何度もお礼を言った。本当に楽しかったと、何もかもが勉強になったのだと。何度も何度もお礼を言って、そして必ず異動が寂しいと涙した。
課長はいつも言ってくれた。じゃあ異動してもまたこうやって集まろう。一番下の(私)が鍵なんだよ。絶対声をかけてくれよ。1年に1回で良い。年に1回でも集まる機会があれば続いていくから。そう言ってもみんな忘れていくんだからね。声をかけてね。また(私)の地元で、あるいは新しい勤務地の近くで。また集まろう……
それだけこの1年間が楽しかった。願わくば、もう1年、この上司たちの下で働きたかった。
楽しかった。大変だったけど、本当に本当に楽しかった……

そして4月。今は全く別の部署で働いている。
新しい仕事の内容は、もちろんこれまでとは全く異なっている。だけど、でも意外と「仕事」の「手段」の部分は同じなのかもしれないと、この2週間ちょっとの中で感じ始めている。
新しい係長もとても良い人。何よりも仕事に思いがある。ただし、キャパオーバーすると一人小声でキレているけれど(笑)、そこはこれから何とかサポートし、あまり係長の負担とならないようになっていきいと思う。
私が3年目の1年間で、勉強し、最後の1か月で気が付き芽を付けたものは、少しずつ花開いていると思う。
仕事の面白さであったり、自分の相手にする人たちへの接し方であったり。あるいは自分の立ち位置を改めて客観的に見ることが出来た1年であったとも思う。私の仕事は、いつも新しいことばかり。でもこの組織においてそれは、特に若手にとっては、きっと恵まれているのだ。
散々課長から「次の職場は、次の仕事は大変だよ」と脅されて異動してきたけれど、今の仕事は前の職場で培ったものこそが確実に役に立つ。それに、大変かもしれないけれど何より面白い仕事だし、上手くいけばみんなに喜んでもらえる。前向きな、恵まれた仕事を与えてもらったなと感謝している。
「仕事ってもしかして楽しいのかもしれない」は着実に芽を大きくしている。
大変かもしれないけれど……でも一番大変なのは、私の相手にする人たち。これは間違いない。
だから、その人たちがやりやすいように、そしてなにより満足してもらえるように、愚直に真面目に、時には愚痴を言いながら、一生懸命頑張ろうと思う。

最後に、前の係長のこと。前の係長も異動し、私の今の仕事とは何ら関係が無くなった。
だけど不思議なことに、今でも不定期ではあるけれど、業務メールをしている。
その内容はあってないようなもので、薄ーい業務の話と、世間話と、しょうもない冗談がほとんど。
ただし必ず、返信「できる」要素が入っている。この「できる」というのがミソで、あえて返信しなくても全く問題は無いけど、でも返信することが可能なようになっている。押しつけがましさの無い、キャッチボール出来る要素。
忙しければ返さなくても問題ない。そこで終わって全く問題無い。でも返そうと思えばそのフックを使って返信が出来る。そういう、それ自体で完結しないメール文章。コミュ力の高い係長らしい文章の作り方である。
いつまで続くんだろうか、これ。そう思いながら、私は今日も係長にメールを返す。やっぱりどこか返信「できる」要素を遠慮がちに入れて返す。
いずれきっと、仕事が本格的に忙しくなってくれば、共通の話題も無くなっていき、このメールも途絶えてしまうのだろう。
もしかしたら今日返すメールが最後かもしれないな、なんて毎回思いながら、でもなんだかんだ返信を楽しみにしている自分がいる。
「係長って本ッ当に仕事が大好き人間ですよね……」、そんなくだらない不躾な一言に律儀に応えてくれる上司。
「好きじゃないですし今年は休みますよ! 去年と違って計画的に休みますよ!(笑)」やっぱり愚痴を交えながら、律儀に報告してくれる上司。
そんな面白い係長と、願わくば、いつかまた一緒に仕事がしたい。
色んな人に頭を下げて回って、残業して休日出勤して、いーーーっぱい笑える愚痴を言っても、一生懸命真面目に愚直に、新しくて前向きなことをたくさんやりたい。

さて、いつ課長と係長を飲みに誘おうか。話を聞きたいこと、話をしたいことが山ほどある。
とりあえず、今月末に一度会えるのが楽しみでならない。
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