diary

のんびりまったり徒然なるままに。
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  [ 2015年。 ]
2015-12-23(Wed) 21:54:03
もうすぐ2015年も終わり。
私は内部管理の仕事をしているので、毎年12月は仕事に余裕が出る。年休消化モードに入る。
ただでさえ年の瀬だという上に、自分の時間がたっぷりできるので、どうしてもこの1年を振り返り、今後のことを考えてしまう。
今年はまた生活が変わった一年で、その結果、考え方にも少し変化があったかもしれないと思う。

まず何よりも一番大きな出来事は、前の彼氏と別れたこと。
これが1月のことだったから、もうそろそろ1年経つわけか。早いものですね。
前の彼氏とは、6年弱という時間を一緒に過ごし、ほぼ毎週のように会っていた。
電話もメールも毎日のようにしていたので(そのほとんどが私の仕事の愚痴だった)、別れて最初に思ったことは、こんな私でもやっぱり「寂しい」だった。

別れた1月というのが、実はなかなか大変な時期だった。
昨年度の仕事は、イベント担当みたいなことをやっていた。いや、「イベント担当」というよりも、「なんでも屋さん」という方が正しいかもしれない。
もっと一般化した言い方をすれば、昨年度の私の仕事は、「他社に出向中の社員の人事管理」というのが主だった。
具体的には、社宅の手配、仕事内容の調整、社内の情報の共有化、そして若い彼らのモチベーションの維持向上など多岐に渡る。
要するに、出向中の社員本人はもちろん、実績を作り外部にアピールしたい管理職たちから要望の来たことをとりあえず裁いて担当部署に回すというのが私の役目だった。
ただ、そういう仕事って「それをやらなければならない理由」というのが非常に薄い。
「人として、優しさとして、寄せられた要望に応えてあげたい」というのは分かるけれど、じゃあなんでこの部署がやらないといけないの? 誰がそれを命令しているの? そのためのカネはあるの? と嫌がられて、担当部署が対応を拒否してくることもままあった。
そういうときは、自分たちで何とかする。お金が無いから時には手作り、人手も無いから休日に出勤をして片付ける。そういう、「なんでも屋さん」だった。

そのうちのひとつが、ちょうど1月末に予定していたとあるイベントだった。彼と別れたのは、その開催のまさに直前。
やはりその年に初めて立ち上げるイベントだったので、毎晩残業して、時間の足りないなかで準備を進めていた。おそらく、ストレスもたまっていたことだろうと思う。
昼間は別れたことに悲しんでいる場合ではないから、とにかく仕事に没頭した。
夜になって地元まで帰ってきて、そこでようやく、自分の身に起きたことを改めて理解して、絶望していた。
ああ、別れちゃったんだな、もう一人なんだなって。そうするとどんどん悲しくて、寂しくなって、夜道をボロボロ泣きながら帰ってた(笑)夜も12時くらいに(笑)
でも忙しかったからこそ、忘れていられる時間が多くて、そこは助かったと思っている。
そういう状況だったからこそ、こういった結末を迎えたのかもしれないけれども……

4月にそんな「なんでも屋さん」から異動したこと、これも今年の大きな転機だったと思う。
前の仕事は結局、相手があっての仕事だったので、いつ仕事が発生するのか分からないところが多かった。
もちろん、ルーティンワークと言うのもあったけれど、それ以上に「相手からの要望」と「管理職の思いつき(トップダウン)」によるところが大きくて、ある日突然課長に呼ばれて、「部長が~~~言っていたから、やり方考えてね」みたいなことが多かった。それも結構無茶ぶりなやつ。挙句、私も、何よりも当時の上司も、馬鹿真面目だったから、そういう仕事を上手くかわせなかった。いつも真正面から受け止めて、馬鹿正直に、時間をかけて全部片付けていた。

今も大きな枠組みでは「人事管理」であることには変わりなく、相手のある仕事ではあるけれど、何よりも「前例」と「仕事をしていく明確な根拠」が存在する組織なので、前のように管理職の思いつきだったり、誰かの要望で仕事をする必要が少なくなった。
決められた仕事を、決められた手順で、定められた時間内にこなせば良い。それが前の部署とは大きく異なるところだと思う。
そのおかげで、何よりも今年は時間に余裕ができた。残業時間は、前の3分の1から5分の1くらいになったと思うし、年休に至っては5倍ほど取れたと思う。
時間的な余裕が生まれたおかげで、精神的にも随分ゆとりが生まれた。同期に会うと、「表情が違う」「明るくなった」と言われるから、前はよほど追い込まれていたのだろう。

ただ、余裕が生まれたことで、逆に焦りを感じるようになった。
焦る方向性はふたつあって、ひとつは「同期はみんな必死に新しい仕事を覚えているのに、こんなに余裕があっていいのか」ということ。今までが覚えることばかりで、常に追い込まれながら仕事にあたっていたからこそ、体力的にも、メンタル的にも楽な現状に不安すら抱いてしまった。
本当にこれでいいのだろうか。一時期は、「楽なんですよね~」とへらへら笑っている私でいいのかと、悩んでしまうこともあった。
3月4月頃のこのブログを見返していても思うけど、当時はペアを組んでいた前の係長と良好な人間関係(と少なくとも私は思っている)を築くことができていたので、どんなに忙しくても、仕事が楽しくてたまらなかった。
ああ、仕事って楽しい。新しいことを一生懸命悩み、議論し、時には愚痴を言いながら、でも最後は笑って意気投合ができる。
こんなに世界の違う人とでも、コミュニケーションが取れる。なんて楽しいんだろう。
そう思っていた矢先の異動だったので、今の部署での仕事のプライオリティの低さは、ありがたいんだけど、自分の気持ちの整理を付けるのには時間がかかってしまった。我ながら、社畜だなと思ったよ……

もうひとつは、ありきたりだけど、「このまま独り身でいいのか」ということ。
時間と心に生まれて、結婚したいという気持ちがようやく理解できた。というか、ようやくそういうことを考えられる余裕ができたのかもしれない。前は、時間が無いのを言い訳にして、あまり考えないようにしていたから。

前者については、無い物ねだりだと思っている。また忙しい部署に異動したら、恐らく今が懐かしくなるだろうし(笑)
時々帰りながら寂しく、そして悔しくなるけれど、でも今年は自己啓発に努めようと考えるようにした。
せっかく仕事も新しくなったので、その関係の検定試験を受けてみたり、英語の勉強をしてみたり(このあたりはやっぱりちょっと社畜)、妹ちゃんと海外旅行に行ってみたり、今年は今までできなかったことに少しずつ手を出すことができた。
あるいは、社内の色々な部署の人と飲みに行くようにもなった。
前の部署でお世話になった方々、他部署の若手、同期の友達、などなど……
時間にも心にも余裕があるからこそ、縁を大事にしようと思えた一年ではあると思う。

後者については……どうなんだろう。独りでいる自分、には凄くしっくりくる。正直、「彼氏がいる私」よりも「彼氏がいない私」の方が、凄く私らしいと思う。
「結婚したいよねー! でも相手がいないよねー!」って、本当ににそれを望んでいるのか自分ですらも分からないまま、とりあえず友達と笑うこと目的にネタ化するというのが、学生時代に想像していた社会人の自分像に、かなり近い。その点、なんとなく安心感がある、今の私(笑)
個人的には、彼氏と別れて良かったと思っている。
付き合っているとき、特に社会人になってからはずっと、「いつか結婚する/しないといけない」という気持ちと、「でもこの人と結婚して果たして私は幸せなのか」という不安が入り混じっていた。
正直先が全く見えないのに、でも一緒にいるためには頑張らないといけないと思っていた。現状を変化させるために、結婚できる状態に持っていくために頑張らないと……と気持ちばかりが急きたてられ、でも変わらない、変えられない現状に苛立ちすらあって、つまり、ストレスがかかった状態だったと思う。相手のことを一切考えず、私本位の見方をすればね。
もちろん、本当に結婚するんだったら、というか結婚したあとだったら、そうやって折り合いをつけていくというか、一緒にいるために頑張らないといけないときもあると思っているんだけど(当初の「好き」の気持ちだけでずっと一緒にはいられないと思ってしまう。それは人の気持ちや関係性は変わっていくものだと思うから)、結婚するために頑張る、というか考えの違いを半ば我慢する、というのは違っただろうと思う。いや分かんないけどね。
ただ、私はやっぱり彼の就職活動のできない頼りなさも、ちょっと失敗したからって引きこもっちゃうメンタルの弱さも、志望動機に「ワークライフバランスを重視したいから御社」とか書いちゃう馬鹿正直さも(いや誰だってそうだけどこの状況でそれは書かんだろ。どんなに誠実は人が好きでも世の中には常識の範囲内の建前ってあるやろ)、「お前が転勤になるなんて耐えられないよ! そうしたら俺は麻雀のプロになる!」とか言っちゃうわけの分からなさも、友達を大事にしないところも、きっと受け入れられなかったんだと思う。
単純に、この先の人生でこれまでに経験したことのない事態に直面することが多々出てくるだろうけど、その時にこの人はきっと頼りにならない、常に私が頑張らないといけない、そして私はきっと“依存”され続けるのだ(だって友達大事にしないから友達少ないし会わないし……)、と思ってしまったのが、駄目だったんだろうね。

彼に最後に言われた言葉のなかで印象に残っているものがある。それは「だってかわいくないよね。かわいくしようとか思わないでしょ?」というもの。
「6年近く付き合っているのにこんなことを言わなくちゃいけないなんてショックだった」と、これを呼び水として私は振られたわけだけど、これは流石の私もそれなりに傷ついた。好きな人から、それまで好きと言われていた人から、「かわいくない」と言われる。つらかった……

だから今年は、やたら化粧品とか趣味が変わった一年だったと思う。安直で痛いけど、小物などやたら少女趣味に走ったりもした。
生まれて初めて「かわいくなりたい」と本気で思った。
今までそういう「女の子らしいこと」「女性らしいこと」に凄くコンプレックスを持っていたし、今でもあまり女性らしさとかかわいらしさって無いし、かなり引け目を感じるけれど(例えばこれは、合コンなどに呼ばれたときに本当に申し訳ないと思う。またファッションの話でブランド名が全然分からないことに自分って駄目だなーと思う。女性とファッションコスメアクセサリーなどの話で盛り上がれない。むしろ輪の中に入ることで、私が会話を止めちゃってごめんね?くらいまで自意識過剰になれてしまう。いわゆるフツーの男性に話しかける、誘う等できない、「こんな女子力の無いつまんねー私がお時間を頂戴してしまい申し訳ありません」と死にたくなる、そもそも誘い方が分からないなどの症状に見られる)
今年は……少しずつ頑張ろうと思っているけど、まだまだだ。この間女子力の高い妹ちゃんと旅行に行って改めて思った、まだまだだって。
年末年始は、時間があるから勉強しようと思う。

27歳になって早くも8か月。2015年はこんな年だった。
書いていて思ったけれど、大人になったっていうのか、これ……(笑)こじらせているだけ、のような気がしないでもないけど(笑)

まとめてみれば、好きだった人とは別れてしまったし、勝手知ったる前の職場からは異動してしまったし、そんな自分の今までの「当たり前」がたくさん無くなった年だったと思う。
でも、仕事の楽しさに気が付いたり、自分の中での方向性が見えたり、「うじうじ悩んでもしょうがないから笑顔で一生懸命頑張ろう!」って思えたり、人の縁が増えたり深まったり……そういう新しい出会いがいっぱいあった年だったとも、思う。

来年の目標は、年末年始のお休みでゆっくり考えるとして。
とりあえず、今日のところは、笑顔で一生懸命頑張れたらいいなって思う。
あとは、人としても女性としても、内面的にも外見的にも魅力的になれるよう、頑張ります!
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  [ 問答無用の大人。変わったこと。 ]
2015-04-19(Sun) 01:58:45
先日27歳になった。問答無用の大人である。許されない大人である。

この1か月で変わったこと。
遂にというか、ようやくというか、やっぱりと言うべきか。初めての部署異動があった。勤務地も変わった。
3年間同じ場所にいたので、初めての異動は期待と不安と半々くらい。でも不安が大きいかもしれない。
そしてなによりも一番変わったと思うことは、声を大きくしては言えないけれど、この1か月で仕事がほんの少しだけ好きになった。

係長と示し合わせたかのように休日出勤をした2月最後の土曜日。
あれから年度末まで、ほぼ毎週のように休日出勤が発生した。
2月3月と恐らく残業時間は月100時間を超えていたと思う。この部署は例年そうで、これが結構メンタルに来るのだが、今年は不思議と精神的に楽だった。
というのも、あの休日出勤から、係長との関係が非常に突き抜けたから。

それは上司の指導育成と戦略の賜物なのか。上司の高いコミュニケーション能力の恩恵なのか。
「部下」である私は真実が分からないから、個人的な感想であるけれども、あの休日出勤で少なくとも私は以前に増して係長への信頼が生まれた。
この上司は自分と同じ価値観で仕事をしていると認識し、そこに信頼を置く大きなきっかけになった。

係長はいつも仕事に対して愚痴を吐く。常に異動したいと零し、本当に勘弁してほしいと口では言う。
しかし、結局いつも先のことを考えて、どんなに自分が損する(残業する、あるいは休日出勤する)ことになっても、最も正攻法で、他人に喜んでもらえる道を選ぶ。その根底には、仕事に対する思いが明確にある。
「異動したいよね」と散々愚痴って笑いを取りながら毎日終電まで、下手したら休日出勤でも終電まで働くのだ。
「係長」という会社人生の長さや、家族もいるという人生経験を考慮すれば、恐らくもっとズルができるし上手く生きられるとも思う。
でも係長は絶対にそれをしない。
愚痴を言うけど、クソ真面目に一生懸命。いつも仕事の本質を見失わない。

この人、実は凄いんじゃないか。
それはもしかしたら当たり前のことなのかもしれない。一生懸命、正直に、真面目にやるということ。でも、当たり前のことを、ここまで当たり前にできる人が、果たしてどれほどいるだろう。
信頼できる上司だと思った。信頼してついていきたい上司だと。
表面的で薄い人間関係では無く、きっちり本音で接して、仕事の議論を行いたい上司だと思った。

そう思ってから、実は仕事が楽しくなった。
年度末で少なくともどちらかは異動だろうから、それまでにこの上司から学べるところを全て学んでおきたいと、そう思うようになった。
その意識が影響したのか、それとも年度末ハイのせいだったのか。
係長との関係も、これまで以上にフランクになっていった。

ひとつには、3月に入り係長があまりに「異動したい」と言うものだから、それを課長とふたりして弄っていたというのがある。
お約束の流れがいくつかあった。まるで新喜劇的なコントで、それを繰り返すうちに組織で会話の弾みやすい空気感が生まれて行った。そういうのはある。
でもやっぱり何よりも、しなくても良い休日出勤を何度も繰り返す中で、信頼関係が生まれていったように思う。
「まさか明日はご出勤されないと思いますが(笑)」
「ええ、まさかこの土日に係長にお会いすることは無いでしょうね(笑)」
「そりゃ私は仕事が嫌いだから来ないですよ(笑)」
「私だって何が悲しくて土曜日に出勤するんですか(笑)」
金曜日の残業中、お互い冗談交じりによくそんな茶番を言っていた。
でも、その時点で分かっていたのだ。
少なくとも自分は出勤するし、その時この上司(部下)も恐らくいるのだろうということ。でもコミュニケーションの「型」として、そんなことは一言も言わない。でも言わなくても分かり切ってるし、相手が分かっているということもお互いなんとなく認識している。仮に本当に出勤しないのならば、冗談半分で言う上司では無い。恐らく即座に真面目な顔で謝ってくるだろう。出勤出来なくて申し訳無いと。
このしょうもない会話の中で、実はこれだけの情報量と前提があって、それを共有出来ているということが、おそらくコミュニケーションの円滑化に一役買っていたのだろう。言わなくても分かるということ。
仕事に対する価値観が近いということが、おそらく最も根底にあり、意味をなしていたように思う。仕事を嫌いとは言いながら、結局責任感でやってしまう。そこには妥協をしない。そういう価値観はおそらく近いものがあったと思う(もっと言えば、係長の方が更にストイックだったとは思う。私の方が割と妥協もするしズルもする)。そんなコミュニケーションをしても、お互い不快にならずに出勤出来たんだから。

扱っていた「仕事」の目的への思いは私もある程度あるし、係長は確固として持っている。
でもそれを達成するための個別の「手段」は別に好きではないと思う。
例えば、相手の出方を伺いながら調整するとか、資料を作るとか。もっといえば残業を伴うとか休日出勤とか。別にそういう行為そのものが好きなわけでは無いと思う。
ただ、その「手段」を講じるために、価値観の近い上司とコミュニケーションを取る時間がとにかく楽しかった。
そこで、私はようやく気が付いた。社会人3年目にして、とても大事なことに気が付けた。
「仕事は人」とは良く言うけれど、それはこういうことを言うのかもしれない。
「仕事が嫌い」とずっと思っていたけれど、それでも楽しく仕事はできる可能性があるのだと。
仕事のうち、私が嫌いなのはあくまで「手段」なのだ。調整するとか落とし所を見つけるとか。お願いするとか相手が不快に思うだろうことを言わなくちゃいけないとか。もっと言えば初対面の人と話さないといけないとか、そういう根本的なところ。私はそれが嫌いなのだ。
でも一方で、私は同じ価値観で仕事の出来る人と一生懸命頑張れることを、とても楽しいと思えるのだ。
そうやってコミュニケーションを取れることが、同じ価値観でいると分かり合えることが、実は凄く楽しいのだ。
これが本当に、目からウロコだった。

そんなコミュニケーション手段の獲得で何が変わったかと言うと、私の係長への信頼が増したのはひとつだけど、それ以上に課長たちからよく「楽しそうだ」と言われるようになった。
会話の内容は「異動したい」を基本とする中身の無いものばかりだったけれど、とにかくポンポンとテンポよく会話が進む。課長からはよく「(私)は強くなった」とも言われた。直属の上司に突っ込み入れているんだから、そういう評価にもなるだろうと思う。
係長は遠慮していた私に突っ込めるようになったし、私も係長に突っ込めるようになった。私はそれに反論出来るようになった。そうして、職場に笑いが生まれた。
仕事はもちろん真面目に取り組んでいたけど、業務時間外は本当に冗談ばかり言っていた。でもスイッチが切り替わるようにやっぱり真面目に仕事の話をした。
そのような中で、上司としてはもちろん尊敬しているけれど、この係長はそもそもめちゃくちゃ面白い人なんだな、と思うようになった。
そして、私はこの人が人としてとても好きなのだと、この人に出会えて良かったなと素直にそう思った。
社会人になって初めて、同期以外で、コミュニケーションを取ることが楽しい人に出会えたと思った。
大げさだけど、そこにまた感動したのだ。

何よりも良かったと思うのは、仮にも男と女ではあるけれど、色気のある状況には全く陥らず、ぶれることなく「業務について」そして「異動したい」で盛り上がれたこと。
私は1年部下をやっていたけれど、結局係長について知っていることはほとんどない。年齢と家族構成くらいしか知らない。
少なくとも係長は、私に対してプライベートを開示しようという意思は一切無かったと思う。むしろ頑なに出さないようにしていたとすら思う。それは会話での言葉の使い方や、話題の選び方からなんとなく感じるところだった。
逆に私に対しても、一切プライベートを聞かなかった。例えば、週末何をしているの? 普段何をしているの? そういう世間話すらしなかった。だけど、私はそれが凄くやりやすかった。組織の自分でさえいれば良いという気軽さ。
かたや中学生のお父さんで係長。一方アラサーオンナで当時はまだ3年目。
いつも思うのだけど、生きている世界が全然違う。会社における役職も、人生経験も。持っているものも、直面している人生も。
でもそんな全く異なる人間でも、「仕事」という媒体を通じて、コミュニケーション出来るのだから本当に面白い。
逆に「仕事」を通じると、そういう全く違う世界にいる人とも、価値観の共有が出来る可能性がある。それってもしかしたら、凄く面白いことなのかもしれない。そういうことに気がつけた1年だった。

そして3月末。結局、私も係長も部外に異動になった。
誰よりも寂しがったのは課長で、異動が決まってからは毎日のように「ふたりとも晴れ晴れとしちゃってさぁ」と恨み節を言いながらも、帰り際には「ふたりが異動するまで、あと○日かぁ……」と呟いていた。
異動の雰囲気が漂い始めてから、それまで仕事が忙しかったのもあり、全く飲みに行ったり出来なかった課長と係長と、何度も飲みに行った。あるときは私の地元まで来てもらったし、あるときは仕事終わりに打ち上げで、またあるときは部の飲み会のあと2次会で。
私は飲むたびに、何度もお礼を言った。本当に楽しかったと、何もかもが勉強になったのだと。何度も何度もお礼を言って、そして必ず異動が寂しいと涙した。
課長はいつも言ってくれた。じゃあ異動してもまたこうやって集まろう。一番下の(私)が鍵なんだよ。絶対声をかけてくれよ。1年に1回で良い。年に1回でも集まる機会があれば続いていくから。そう言ってもみんな忘れていくんだからね。声をかけてね。また(私)の地元で、あるいは新しい勤務地の近くで。また集まろう……
それだけこの1年間が楽しかった。願わくば、もう1年、この上司たちの下で働きたかった。
楽しかった。大変だったけど、本当に本当に楽しかった……

そして4月。今は全く別の部署で働いている。
新しい仕事の内容は、もちろんこれまでとは全く異なっている。だけど、でも意外と「仕事」の「手段」の部分は同じなのかもしれないと、この2週間ちょっとの中で感じ始めている。
新しい係長もとても良い人。何よりも仕事に思いがある。ただし、キャパオーバーすると一人小声でキレているけれど(笑)、そこはこれから何とかサポートし、あまり係長の負担とならないようになっていきいと思う。
私が3年目の1年間で、勉強し、最後の1か月で気が付き芽を付けたものは、少しずつ花開いていると思う。
仕事の面白さであったり、自分の相手にする人たちへの接し方であったり。あるいは自分の立ち位置を改めて客観的に見ることが出来た1年であったとも思う。私の仕事は、いつも新しいことばかり。でもこの組織においてそれは、特に若手にとっては、きっと恵まれているのだ。
散々課長から「次の職場は、次の仕事は大変だよ」と脅されて異動してきたけれど、今の仕事は前の職場で培ったものこそが確実に役に立つ。それに、大変かもしれないけれど何より面白い仕事だし、上手くいけばみんなに喜んでもらえる。前向きな、恵まれた仕事を与えてもらったなと感謝している。
「仕事ってもしかして楽しいのかもしれない」は着実に芽を大きくしている。
大変かもしれないけれど……でも一番大変なのは、私の相手にする人たち。これは間違いない。
だから、その人たちがやりやすいように、そしてなにより満足してもらえるように、愚直に真面目に、時には愚痴を言いながら、一生懸命頑張ろうと思う。

最後に、前の係長のこと。前の係長も異動し、私の今の仕事とは何ら関係が無くなった。
だけど不思議なことに、今でも不定期ではあるけれど、業務メールをしている。
その内容はあってないようなもので、薄ーい業務の話と、世間話と、しょうもない冗談がほとんど。
ただし必ず、返信「できる」要素が入っている。この「できる」というのがミソで、あえて返信しなくても全く問題は無いけど、でも返信することが可能なようになっている。押しつけがましさの無い、キャッチボール出来る要素。
忙しければ返さなくても問題ない。そこで終わって全く問題無い。でも返そうと思えばそのフックを使って返信が出来る。そういう、それ自体で完結しないメール文章。コミュ力の高い係長らしい文章の作り方である。
いつまで続くんだろうか、これ。そう思いながら、私は今日も係長にメールを返す。やっぱりどこか返信「できる」要素を遠慮がちに入れて返す。
いずれきっと、仕事が本格的に忙しくなってくれば、共通の話題も無くなっていき、このメールも途絶えてしまうのだろう。
もしかしたら今日返すメールが最後かもしれないな、なんて毎回思いながら、でもなんだかんだ返信を楽しみにしている自分がいる。
「係長って本ッ当に仕事が大好き人間ですよね……」、そんなくだらない不躾な一言に律儀に応えてくれる上司。
「好きじゃないですし今年は休みますよ! 去年と違って計画的に休みますよ!(笑)」やっぱり愚痴を交えながら、律儀に報告してくれる上司。
そんな面白い係長と、願わくば、いつかまた一緒に仕事がしたい。
色んな人に頭を下げて回って、残業して休日出勤して、いーーーっぱい笑える愚痴を言っても、一生懸命真面目に愚直に、新しくて前向きなことをたくさんやりたい。

さて、いつ課長と係長を飲みに誘おうか。話を聞きたいこと、話をしたいことが山ほどある。
とりあえず、今月末に一度会えるのが楽しみでならない。
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  [ 26歳の私。 ]
2015-03-08(Sun) 15:27:57
27歳の誕生日までちょうどあと1か月だ!

26歳は自分のなかでは物凄く転機となった1年だった。
6年弱お付き合いしていた彼氏と別れたことは言わずもがな。
それによって生活リズムは大きく変わったし(それまでは毎週土日は基本的に彼氏と会っていたからね)
それ以外の部分でも色んな事が変わった。
例えば、26歳の秋にはお片づけができるようになった(それまで部屋を綺麗な状態で保つことができなかった)。
あるいは、冬には父に「結婚を考えている彼がいる」と言うことができた(そのあと別れたけどね)。
他人から見たら些細なことかもしれないけれど、自分の中では考え方に大きな変化のあった1年だった。

きっかけは、秋に。
今年は1年ずっと忙しくて、夜8時に退勤出来たら早い方だねって、そんな感じで日々過ぎていった。
このまま60歳まで働き続けたら、「私」の時間=人生はあとどのくらいあるんだろう、とリアルに計算してしまった。
一日当たり2時間くらい。平日5日間で10時間。休みの日は17時間ずつくらい。2日で34時間。
おそらく1週間で48時間、2日間無いと思う。1か月に8日間。1年間に96日。100日弱。
あと34年間働くとして、3400日……

大学時代まですべて自分の時間、人生だったとしたら、これからの人生はなんて短いんだろうと思ってしまった。
人生は短いということを、物凄く強く感じてしまった。
当たり前のことだけど、人生は有限だ。やりたいことはたくさんあるけど、もう「私」の時間は今までのように無限にあるわけじゃない。
だから部屋を片付けようと思った。自分の時間は、綺麗な部屋で過ごしたいと思ったから。

自分の部屋を整理しながら、色んな事を考えた。
私の人生に必要なものは一体何だろう。私の人生はどんなパーツで組み立てられているんだろう。
それまでただなんとなく部屋に置いたものをいるのかいらないのか考えながら、自分の人生に必要なものと不必要なものを選別していった。
今までなんとなくふわふわと曖昧に生きてきた「私」を、きちんと自覚しようと、そう思った。

そのなかで、自分にとって大切な価値観は何だろうということも考えるようになった。
特に彼氏と喧嘩をし、「前ほど好きじゃなくなった」と言われて、そして別れるまでの間に。

私にとって一番大切な価値観は「誠実」だと思う。
誠実に生きること。誠実に仕事をすること。

素直であること。まっすぐであること。
多分要領良くは生きられない。コミュニケーション能力は低いし。
上手いことその場で口先だけで説明して、後から理屈やストーリーを整えるなんてやり方も出来ないと思う。
ただ、誠実でありたいなと思った。誠実に、真面目に、まっすぐに、一生懸命生きていきたい。

「お前は感情が全部顔に出るな! なんで写真撮りながらうなずいてるんだ! にこにこしてるんだ!」
「……それは、思うところがあったからなんじゃねーのか。だからうなずいていたんだろう? 納得したんだろう?」

これは私がとある座談会で、カメラ係をやっていたときに、上司から言われたこと。
カメラ係のくせに、座談会の話にいちいちうなずいて、納得して、神妙な顔をして、お辞儀をして。
……それがとても奇妙に映ったらしい。笑
だけど、その様子を肯定的にとらえてくれた。こいつには、何か響くところがあったんだなと、分かってくれた。
感情がこんなにもダダ漏れだったんだな、と思うと恥ずかしかったし、大人として情けないし、要領悪いなぁ自分と思った。
でも、そういう人間だから仕方が無いなと思う。頭悪いから、ソツない生き方は多分出来ないのだ。
だからこそ、誠実であらねばならないと思う。誠実に、愚直に。
誠実に、まっすぐに、真面目に、一生懸命生きていきたい。
そしてその一生懸命さを、残念な真面目さを認めてもらうしかきっと道は無いような気がする。

愚痴ったってしょうがないでしょ。だって一生懸命なんだもん。
まっすぐ、正攻法で乗り越えようとしたら、初めは壁にだってぶつかるし。
でもきっと、何度も何度もぶつかったら、今度はもうちょっと人間らしい対応が取れるようになると思うから、許して欲しい。
そして、一生懸命やるけど、多分要領悪いしコミュ力無いから、周りの人にはいっぱい迷惑かけると思う。
だからこそ、大好きな人には大好きと、お世話になった人にはありがとうと、最後には一生懸命伝えたい。

なにより感謝しているのは元彼だ。
私が「誠実」こそが一番大切だと気付かせてくれたのは、何よりも誠実な元彼のおかげだから。
彼はお勉強は凄くできるけど人生的な意味では頭良くない。とにかくダサいし、格好悪いし、友達大事にしないし、教養無いし、麻雀馬鹿だし、プライド高いし。
……うんざりするところばかり思い出すけれど、何よりも素直で誠実で真面目。
だから好きだったし、今でも尊敬している。

26歳はそんな1年だった。多分、25歳よりずーっと大人になったと思う。
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  [ 係長のこと。 ]
2015-03-01(Sun) 03:44:34
久しぶりに誰かのことを日記に書きたいと思った。そう思ったから、言葉に残しておこう。
おそらく、今日は長い日記になる。

今日、珍しく自分から進んで休日出勤をした。
今年度も残り1か月、そろそろ年度末に向けて残務整理をしなければならないなぁと思い始めた頃だった。
忘れていたこと、あえて忘れたふりをしてきたもの。
そういうものを一度整理して、これから年度末に向けて何をしなければならないのか考えるための出勤だった。
まあ、実際のところはそんな大それたことも無く、ただのデスク周りのお片づけだったわけだけど。

出勤したら、隣の上司がいたので驚いた。
「あれぇ~? どうしたの?」といつもどおり飄々とした上司に、「昨日仕事が終わらなくて」と適当にお茶を濁した。
正直気まずい。掃除しているところを見られるなんて超気まずい。
けれど無視だ。パソコンなんて一切向かわずに掃除に没頭した。

私は今の部署に、入社以来3年間ずっといる。
毎年担当業務は変わり、それにあわせて席も移動している。とはいえ、気合いを入れた掃除なんて久しくしていない。
万が一、来年度異動だったとしたら、とてもじゃないけれどこのまま後任には引き継げない。
異動じゃなかったとしても、おそらくまた業務担当は変わるし、席も変わるだろう。
早めに掃除をしておくに限る。
そう思っての休日出勤だったのだけど、噂話が大好きな上司のことだ。
どう見ても異動直前としか思えないような大掃除をしている私を見て、「もしかしたらあの子内示が出たんじゃないの?」と週明けには言いふらされているかもしれないなぁ……なんて思いながら。

大掃除を始めて1時間半を過ぎたころだろうか。誰か出勤してきたらしい、「あらあらどうしたの?」上司が声を上げた。
確かに今日、隣のセクションは現場対応があったはずだから、誰か戻ってきたのかもしれないなぁ……そんなことを考えながら、顔を上げたら、
「うえっ!?」
思わず変な声が出た。「お疲れ様です」と、そこにいたのは、他でもない私の係長。
お互い、昨日帰るときには、「明日出勤する」なんて一言も言っていなかったものだから、このうえ無く気まずかった。
私の所属するセクションは実はものすごく小さく、課長、係長、私の3人で業務分担し、仕事を回している。
つまり、私と係長は一対一の直属の上司であり、そして部下である。
しかしまあ、なんにも無い土曜日にそんな直属の上司と部下がふたりとも揃っちゃって、気まずいんだけど、ここまで来ると逆にその状況がめちゃくちゃ面白かった。
お互い、なんて“クソ”真面目なんだろう……! 無言で掃除をしながら、一人ほくそ笑んでいた。

しばらくして、上司が先に帰ったあと。
「まさか上司が出勤しているとは思わなかったなぁ」それまで無言を貫いていた係長がぼそりと呟いた。
「まあ(私)はもしかしたらいるかもしれないって思いましたけど」そうかそういう認識なのか……とちょっとズッコケそうになった。土日に出勤キャラとか勘弁して欲しい。
そこから係長と、なんだかんだところどころしゃべって愚痴を言って、仕事をして。結局11時すぎまで残業することになった。

掃除をしていたら、係長から2年前に届いた宅配便の伝票が見つかった。他の書類に紛れていたらしい。

なんだか懐かしくなって、この3年間のことを振り返ってしまった。

私が入社したその年に、係長は同じ部署に異動してきた。
その年、入社したての私は部のコーポレート系を担当することになり、係長は出先の事務所の係長になった。
担当決めの結果、私はその事務所の管理も担当になった。
係長が始めて部署にやってくることになった日のことは、実は今でも覚えている。
当時の係長から、「今日来るよ」と聞かされていた私は、絶対に自分から挨拶をしようと心に決めていた。
それまで電話で話をしたことしか無かったから、どんな人なんだろう、とどきどきしていたこと、「お世話になります!」と言うタイミングをずっと図っていたこと。今でもよく覚えている。
そういうわけで、1年目の頃。係長とは電話やメールで、あるいは宅配便や文書で、頻繁にやり取りをしていた。
普段は淡々と仕事をこなしていた。
その頃の係長の印象は、とにかく几帳面。
数字でミスをすることは無く、宛名書きや伝票の字がいつも丁寧だったから。

係長とのやり取りは、基本時にルーティーンだったけど、時には相手にやってもらわないといけないことがあった。
1年目という立場ながら、係長にお願いしてやってもらわないといけない。それがとにかく、嫌だった。
その頃はとにかく人にお願いしてやってもらうのが苦手だった。
それも、自分より役職も年も上の人に。結構無茶をお願いすることも多々あり、どう言ったらいいんだろう……
悩みが尽きない日々だった。

また、逆に係長からお願いされることも多かった。出先では出来ないことを出来るようにして欲しいと。
でも、私の方といえば必ずしもそのお願いに応えることも出来なくて(それは私自身に出来る出来ないと言うことよりも、組織の体質の問題だから仕方が無かったのだけど)、私にとっては、それがまた心苦しかった。
自分は色々無茶を言っているのに、お願いされたことをやれないこと。
その断りの電話を入れないといけないこと。
1年目の2月3月頃になると、係長に電話をするのも、係長から電話が来るのも、なんとなく嫌だと思っていた。
お願いに応えられないことが申し訳なくて、そのなかで良好な関係を築き仕事をするにはどうしたらいいのか分からなくて。
でも仕事って、規則を守るって、きっとそうやって相手に対して“閉じる”ことなんだと、当時の私はそう思っていた。

2年目になると、係長が出先から部署に異動してきた。
私は違う仕事が変わったけれど、やっぱりコーポレート系であることは変わなかった。
私と係長は違う仕事を担当していたから、普段は話をすることが滅多に無かった。
ただ、1年目の頃のことがあったから、正直なんとなく気まずかった。
それまで管理担当として、あれだけ偉そうに(そんなつもりは無いけれど、相手からしたらそう見えただろう)、“閉じて”いた人と、同じ部署で仕事をする気まずさ。
プライベートの付き合いじゃない。仕事なんだから、仕方が無いこと。立場変われば関係も変わる。
そんな割り切りが、2年目になったばかりの私には出来なかった。

2年目は、係長との関わりは、もしかしたら1年目以上に無かったかもしれない。
ただ、それまでは電話とメールでしか知らなかった人が、同じ空間にいるようになって、「あれ、実は思っていたのと違う人なのかな?」と感じ始めていた。
2年目の最後の最後、ちょうど1年前くらい。当時の係長のセクションと私で、ひとつの仕事をすることになったときも。
全然形になっていない段階で話を持ってきて「どうしたらいいですかねえ?」と部下と一緒に困り、時に笑いあう姿を見て、随分イメージが変わった。
「どうしたらいいですかねえ」って私に言われてもさぁ……ある程度そちらで固めてきてから持ってきてもらわないと、私どうにもなんないんだけど……、なんて心の中では悪態をつきながら、時には、その係長・部下コンビが楽しそうに笑いあっているのに巻き込まれ、一緒に笑っているのはなんだか楽しいものだった。

その頃、目下部署で話題になっていたのは異動の話だった。
私は、ほぼ部署に残留らしいとずっと言われていた。
しかも、どうやら1年目の頃から希望していた担当業務に異動させてもらえるらしい。
その業務を担当していた係長も、これまた1年目の頃からずっとお世話になっていた人なので、3年目は仕事がやりやすいだろうなぁ、楽しみだなぁと忙しい日々ながら思っていた(この係長も3年間お世話になりエピソードの多い人だ)。

そして、辞令の日。確かに私は希望していた業務を担当できることになった。
だけど、そんなに甘くなかった。正確に言うと、希望していた業務“も”担当できるようになった。
分かりやすく言えば、「あなたはメインでAという仕事をやってね。ただ、人が足りないから、Bという仕事も担当してもらうことになるからね。Bは希望していたから良かったね」という塩梅。
いや……それ、今私と同じくらいの年次の人がAに1人、Bに1人でやってるよね!? それを私が両方やるの!?
衝撃だった。それだけのことを、要求されていることを自分にできるのか。正直不安しか無かった。

そして何より。私は、Aの業務を担当している係長の直属の部下として、仕事をすることになった。

1年目のことがあったから、これはもう気まずさしか無かった。
つい1年前まで利害の対立していた立場の人と、同じ目標を共有して仕事をしていけるんだろうか……いや、やらなくちゃいけないのは分かるけど、なんとなくやりづらいんじゃないだろうか……そんな思いを抱きながら、3年目は幕を開けた。
でも、隣で仕事をするようになると、それまでとは全然印象が変わるものだった。

まず、確かに係長は几帳面なのだ。だけど、時に大雑把、というか性格は思った以上に凄くざっくりとした人だった。
数字や文書のチェックは細かいけれど、そもそもの大枠を決めるときは結構適当、というか、あまり考えが無く、その場の勢いで決めてしまう。これはとても意外だった。
そして、何より真面目でストイック。この会社に、こんなに真面目な人がいるものかと驚いた。
私なんて、仕事が終わらなくても集中力が切れてしまえば帰ってしまう。仕事はメリハリが大事だから! なんて自分に言い訳しながら。
でも係長は、毎日必ず9時すぎまで会社にいる。ほとんどの日は10時までいる。そしてお休みもほとんど取らない。
あまりに毎日残業するものだから、仕事が好きなんじゃないだろうか……ワーカホリックなんだろうか……とすら思ってしまうほどである。
別に仕事が好きなのは構わないけど、直属の上司が毎日あまりに遅くまで残っていると、私も帰りにくい。。。
しかも上司部下が一対一で仕事をしているわけで。管理職を除けば2人で仕事を回しているわけで。
そういうなかで係長が帰れないのならば、それは私に出来ることがあって、やれていないんじゃないかと悩んだこともしばしあった。
仕事が終わらないのか。仕事が好きなのか。はたまた生活残業なのか。それとも夫婦仲が悪いのか。あるいは子どもが受験か何かで、邪魔をしないように、そういう配慮なのか。色々訝しがってしまうほどに、係長は毎晩残業をしていた。
そして、一番意外だったのは、それだけ凄く仕事に対して真面目なんだけど、一方でとても面白い人だったこと。
真面目なんだけど、さらっと毒を吐く。毒っていうのかな。
もっと言えば、それだけストイックに、仕事を真面目にこなして、どう考えても客観的に見れば仕事が好きな人なのに、「いやいやいやホント待って全然好きじゃないですから! 違うから! それ決めつけないで! 休みだってさーもっと取りたいよね……この部署ほんとあり得ないよね……」と苦笑、いやむしろ大笑い? する、案外愚痴っぽい人だった(笑)
だけど、愚痴っぽいのがなんとなくそれが憎めない。人から愛されるキャラクター。
上司からも、下手したら後輩からも“ちゃん”付けで呼ばれる40代の男性って、あんまりいないと思う(笑)
余談だけど、そんな係長についてあるくと、「そっか、今や○○ちゃんにも部下がいるんだもんね~。よっ○○係長!」と色んな部署でからかわれます(笑)

そんな人から愛される、愛嬌のある係長。思っていた以上に仕事がやりやすかった。
むしろ、1年目のときのやり取りがあったからこそ、共有している出来事も多く、なにより係長は当時のことをバンバン愚痴って笑ってくれるので(笑)、気まずさは案外無かった。
そんな係長なわけだけど、私は尊敬している点が2つある。

ひとつは、とにかく相手に対して誠実であること。
私と係長は歳が一回り以上違う。役職だって2つくらい違う。
そんな私に対しても決して雑な物言いをしない。私に対して仕事を振るときは、「ご相談してもいいですか」と言うくらい。
3年目の若輩者の意見を必ず聞いてくれる。時にそれを生かしてくれる。
これは並みの人には出来ないと思う。普通、3年目が一人前に生意気言ったら腹が立つと思うんだよね。
しかも、女性。やりづらいことこの上ないと思うんだけど、係長は私のことを無下にせず、いつも意見を聞いてくれる。

印象的なことがある。6月くらいのことだ。
私はその当時、仕事の進め方について、酷く悩んでいた。
係長は担当について2年目。スケジュールも頭の中に入っているし、進め方も分かって仕事ができる。
一方私は、部署3年目だとはいえ、担当業務は1年目。正直、自分は何をしたらいいのか、今日はどこまでやれば目途がついたと言えるのか、そう言ったことが全然分からないなかで仕事をしていた。
結果、自分の仕事の仕方は、どうしても係長からの指示待ちにならざるを得ない。
係長も忙しく、また、当時は特に気を遣っているのが目に見えて明らかで、私に話しかけるのも戸惑いを感じた。
このままだと、昼間はほとんど仕事が無くて、夜仕事が振られて10時まで残業の日々が続くなと。
あるいは係長から仕事を奪わないと、早く帰ってくれないなと。それは体力も精神も持たないなと思った私は、ある日の朝、思いっ切って提案した。

「お願いがあります。こんなことを頼むのは申し訳ないと思いますが、私はこの仕事が1年目で、正直何をしたら良いか、どういう進捗が正しいのか分からないんです。だから、毎朝今やるべき仕事とその進捗について確認する時間をいただけないでしょうか。また、その際に係長から私に対して振るべき仕事があれば教えてください」

それを係長は、二つ返事でOKしてくれ、その日から毎朝「今日の確認する時間」が出来た。
係長も仕事はその時に振れば良い、と積極的に考えていてくれたようで、それは9月くらいまで続いた。
今はもう無くなってしまったけれど、異動当初の円滑なコミュニケーションに役立ったと思う。

ある飲み会でこう言ってもらえたのが、私にとっては印象に残っている。
「あんなことなかなか提案出来ないですよ。でも、ああやって言ってもらえて本当に有難かったですね」と。
でも私からしたら、3年目の提案を素直に、ふたつ返事で受け入れてもらえたことに、感謝しかなかった。

そしてもうひとつ。これは私の前のエピソードとも関連している。
係長はとにかく人に対して開いているのだ。
ちょっとした日常会話から、相手の細かな情報をきちんと掴んでくる。そのコミュニケーション能力の高さには、正直驚かされる。
また、人に対して開いているというのは、どんなに無茶を言われてもまず受け止める姿勢にもある。
受け止めて、なんとかしようとする。自分が頭を下げて何とかなるなら、いくらでも下げに行く。
その時、言葉は丁寧だけど、決して事無かれ主義なわけではない。主張するところは主張し、信念と意思を感じる行動。
困難な交渉も調整も、係長の手にかかると気がつけばいつの間にか上手くいっている。
それまで“閉じる”方法こそが仕事なのだと、規則を守ればそれでいいのだと。
1年目以来そう思っていた私は、はっきり言って驚いた。
そこで、昔上司から言われた言葉を思い出した。「上手い調整の仕方? そんなもんは無いよね。あのね、どう仕事をしたいかってことだよ。……どう仕事をしたいかってことは、どう生きたいかってことね」
係長の仕事の仕方はとても誠実で、ああ、必ずしも閉じていなくていいんだなと。
私は誠実に、腰を低く、とにかくお願いし、落とし所を見つけて、あるいは自分がちょっと苦労するくらいなら喜んでやって、それで最終的に相手に動いてもらえれば、納得してもらえれば、それでいいのだと。そう思えた。
そこに、私は初めて自分の仕事に希望を見出せたし、これから自分がどう仕事に向き合って行きたいのか、そのヒントをつかめたような気がした。

でも係長に言いたいことも実はある。一回り年下で役職が違う、「部下」だからこそ言いたいこともある。
それはもっと「係長」でいてください、ということに他ならない。
確かに優しいし人一倍真面目だから自分で何でもやりたがる。
でもあなたは係長なのだから、もっと部下を信頼して仕事を振ってください、と思う。
係長5年目? そのうち部下を持ったのは多分3回目。まだまだ係長というより、事務担当っぽい。
もっとマネジメントや大きいところを考えて、「上司」であることを認識して欲しいなと思う。そのために、「今日の確認の時間」を提案したのもある。
生意気だけど、2か月一緒に仕事をしていて、マネジメントという視点を持って欲しいなと思ったから。

結局今日は、途中やっぱり愚痴を言ったり笑ったりしながら、11時まで残業して、本当に珍しく駅まで一緒に帰った(あるいは初めてかもしれない。私と係長は残業するからほとんど帰る時間が一緒だけど、暗黙の了解的に必ず退勤時間を5分程度ずらしている)。
ふと、1年前のことを思い出した。万が一、係長と上司部下になったら不幸だろうなと思った。
係長は真面目で抱え込んでしまうタイプ。仕事を自ら増やしに行く人。
私も割とそのタイプ。だから仕事が増えるだろうなと。だからあまりよろしく無い組み合わせだろうなと思ったこと。
結局、それもあながち間違ってないよなぁと思った。こうやって、示し合わせているわけでもないのに、同じセクションの上司部下が土曜日にサービスで休日出勤しているんだから。どこまでもクソ真面目だなと苦笑ものだった。
仕事のスタイルを総括的に見ると似て非なる上司だけど、でもだからこそ、“クソ”真面目な上司から私はたくさんのことを学んだ1年だった。

「あー1か月後の、違う係長に言ってくださいね。私は多分? いや多分じゃない絶対異動だし」残業しながら、係長は今日もニヤニヤしている。
「フフ、係長の異動って隣の島ですかねぇ」「えー? 意味分かんない。いやいやいや違う違う違うから」「そうやって言ってても、フフ、本心はやっぱり今の仕事がお好きなんだと思うんですよね」「いや、好きじゃないし。来年度はあなたに任せたから大丈夫だと思うけれど」「ちょっと意味分かんないです。係長あってのこの島ですからね」
私は今日も突っ込んで、やっぱりフフフと笑っている。
あと1か月か。残業の多い1年だったけど、寂しいなぁと思う。色々出張も行ったな、色んな話をしたなぁ。10時過ぎに愚痴って愚痴って笑ったなぁ。
多分どちらかは異動だと思う。少なくとも、来年度の私の上司は今の係長ではないと思う。
だから、この1か月、どこかでちゃんと御礼を言おう。

係長のおかげで、私はこの業界に、この仕事に希望を見つけられましたと。
でも、もう少し早く帰って休んでくださいね! だってあなたは、「係長」なんですからと。
徒然日記TB : 0CM : 0
  [ さようなら。と新しいスタート。 ]
2015-01-25(Sun) 11:41:39
彼氏とお別れをした。
大学1年生のころから、付き合っていて6年弱。
最後の1年は別れ話と喧嘩ばかりだったから、5年間と言う方が正しいかもしれない。

自分にとって、彼はおそらく家族のような存在だった。妹のような存在。
漠然と、なにがあってもこの先この人と生きていくのだろうと、そう思っていた。
私から一方的な気持ちを考えれば、喧嘩もいっぱいしたし、こいつはなんでこんなにも…と呆れることも数知れなかった。
就職活動すらまともに出来ず、半ば引きこもって友人にすら会おうとしなかった、ゼミにすら顔を出さずにゲーセンで遊び呆けていた時期は、本気で呆れ倒し、この人と結婚は無理だと思い、もう別れよう、大学時代なら傷は浅いと心から思った。
でも、結局最後はいつも、なんだかんだ喧嘩して縁りを戻して、しょうがないなぁと思っていた。
イライラすることも、無理だなと思うこともあっても、この人と長く一緒に生きていくのだから、それをどう修復するかが大事だと、なんかそんな風にいつも最後は考えていた。
今思えば、すごく勝手な話だったんだろうな。

別れるきっかけはプロポーズだった。
正確に言うと彼は私の26の誕生日にプロポーズをしようと一人舞い上がっていたらしい。
当時、年度末で私は仕事に追われていた。毎週末休日出勤。残業時間100時間を超えてくると結構しんどい。
次の年度には、また担当が変わることも分かっていた。彼に会う時間を自分から作る気にはほとんどなれなかった。
4月に入り、彼からメールが来た。
「誕生日にプロポーズしようと思っているのに、どうしてそんなに会ってくれないの? もう別れよう」
正直、意味分からなかった。どうして会ってくれないのって、どうして会おうって誘ってくれないねって意味だよなと。
そもそもあなたから私に、この1か月間、会おうと言ってくれたことは一度も無かった。
私が会おうと言わないことに拗ねていた。
私の誕生日にプロポーズって……え、今、この仕事に忙殺されているタイミングで……
しかも会えないって認識しているのに……
むしろだったら会おうって言って欲しかったし、誕生日って張り切るならそのためのプランとか考えてほしいのに……
結局あなたは待っているだけ。私が誘ってくれることを。誘ったら次は「何する? 俺、なんでもいいよ」って結局私が予約したりするのかよと。仕事忙しいのに。誕生日なのに。
そのプロポーズするつもりだったのに、会えないから別れるという言葉で、色々考えてしまった。

結婚って、そういうことなんだろうか。
誕生日にプロポーズをするとか、そういう表面的なことなんだろうか。
本当に結婚するつもりがあるんだったら、もっとタイミングを考えるとか、あるんじゃないだろうか。

そのときに一度別れた。そういうことなら、もういいんじゃないと。
なによりも、一度私たちは別れた方がいいんだろうなと思った。
彼は当時25歳。社会に出て3年が過ぎたばかり。
でも、あまりに視野が狭い。もっと外の世界に目を向けた方が良い思った。
この5年間、ずっと私と一緒にいた。一緒にいてくれた。半ば依存気味だった。
だけど本当は、男友達や趣味を作ったり、違う女の子とせめてお話するきっかけくらいは持った方が良い。
そのためには、私と付き合っていては駄目なんだと思った。
今の私には、そういうことをしようという意識は、多分思いつかないから。
私自身、彼と5年間付き合っている中で、なんだかんだ甘えてしまう部分がたくさんあった。
社会人3年目になったばかりだった。仕事もようやく覚えてきたところで、正直あまり余裕無かった。
彼のありがたさとか、彼と結婚するってどういうことだと思っていたのかとか。
そういう部分は、なあなあの中では気付きづらいことで、一度別れて見直した方が良い。
そんな気がした。

だから、その時、私はすんなり「別れましょう」と言った。
結局お互いでも別れたくないだの、好きなんだの、いやもう愛想が尽きたんだの…色々ありつつ1年弱あって。
そして再び、私は振られた。

当時、結婚結婚プロポーズと言っていた彼に私は一度、「そんなに言うなら口だけでも結婚しようって言えば良かったよ」と言った。
なにもタイミングもくそも無くプロポーズという言葉だけ専攻していたことに耐えられなかった。
私が父にあなたを会わせて、認めてもらえるか不安だよといくら言っても、そこに何かしてくれるのでもなかった。
お母さんに挨拶と言えば突然「あさって母親来るから会いにいく?」みたいな。そんなわけにいかないでしょうと思った。
この言葉で、相手をどれだけ傷つけるか、はっきりと理解していた。
でもそれだけ、彼の言葉は表面的だった。
あなたが言う結婚は、私にとってはそれくらい、本当にその意味を考えているの? 社会人4年目、時期もぴったり。まずは言葉だけ言いたいだけなんじゃないの? 本当の意味で将来考えてくれているの? 疑問でしか無かった。
そんなプロポーズなんて雰囲気が皆無のなかで結婚へと、いやプロポーズへと急ぐ彼が理解できなかった。
そう思わせるものなんだと伝えること言葉が、あのときの私にはこれしか無かった。
だからこの言葉で「もう冷めてしまったよ」と言われることは、ああやっぱり傷つけたんだなと思った。
いくらデリカシーの無い私でも、その程度の自覚はる。
そこに後悔はものすごくあるけれど、でも、なんだろう、あのときの私はどうやったってこの言葉を使っただろうなと思う。

そうして私は彼に、もう恋愛感情は無いよと言われて、だから時間の無駄だから別れようと振られた。
こういうのを世間では、タイミングが合わなかったとか、相性が合わなかったっていうんだろうなと思った。

でも、論理的におかしいし、自分勝手だし、うぬぼれているし、わがままだと思うけれど……
きっといつか、この人ともう一度やり直したいという気持ちが凄くあった。
多分それは私の友人観、恋愛観、家族観、ひいては人生観に深く結び付く部分なんだと思う。

ここまできて相性が合わないって何。タイミングが合わなかったってなんだろう。
そりゃ長い人生で見たら、タイミングがちょっと違ってしまうことだってあると思う。
長い人生で見たら、一人の人に対して、いろーーーーんな感情、抱くと思う。
一生平坦で、ただただ幸せで、そんなことは絶対に無い。
そこで、私は諦めてしまっていいんだろうか。
自分が一度でも、この人と一緒にやっていくと覚悟を決めた人に対して、自分ははいそうですかと諦めていいんだろうか。
言い方がバカっぽいけど、でも、「運命」だと一度でも思った人に。
逆に私は、ここでこのまま終わってしまう方が失礼だと思った。
「タイミングが合わなかったから」なんてちんけな言葉で、相手の5年間を奪ってしまった。

私がどういう人生を送りたいかと考えたときに、もちろん自分の家族をもって、幸せに暮らしたいと思う。
自分の両親がお見合い結婚で、決して仲が良かったわけではないから、私は仲の良い夫婦に憧れる。
自分の子供がいつか生まれたら、私はその子にどうしてあなたがこの世に生まれてきたのか、いっぱいいっぱい話してあげたい。
それは、お母さんとお父さんが深く愛し合っていて、あなたのことをずっと待っていたからだと。
あなたが生まれてくる日までのことを、たくさん話してあげたい。
どうやって出会って、どういう苦楽を乗り越えて、そして今、あなたがいてくれて幸せだと、たくさん伝えてあげたい。
人生は決して幸せなことばかりではなく、人と人とはぶつかるし、理解できないこともたくさんあるけれど、でも人を諦めちゃいけない、自分に諦めちゃいけないよって。きちんと相手と向き合わなきゃいけないよって。

人を好きになることって、そんなに簡単なことなのか分からなくて。
人って取り換えのきくものではないような気がして。この人はこの人でしか無くて。
なんかだから……なんだろう。
自分のなかで、少しでも気持ちが残っているのならば、それに対して、どうにか努力をしようと思うのならば、その思いは諦めちゃいけない気がした。
恋人だから別れたらもう会わない。なんで? だってそういうもんでしょ? って言われたとき。
そういうものって全然理解ができなかった。なに、そういうものってなに。人と人との関係性って、そんなものなの?
なによりも、自分自身を諦めてしまうような気がした。
自分自身の、人を大切に思う気持ちや、人に対して向き合いたいという気持ちを、人生観、これから先大切にして生きていきたいもの。そういうものすべてを、けがしてしまうような気がした。

彼から、もう好きにはきっとならないし、恋人じゃなくなるんだから、二度と会うことは無いと思うよ、って言われて。
どうして? 私のことって嫌いなの? って聞いたら、嫌いというか…と言葉を濁された。
嫌いじゃない、一緒にいたら楽だし、友達なら気も合うのかもしれない。
でも、失礼でしょ。そんな気持ちで、今は恋愛感情無いのに、なあなあに一緒にいたら、失礼だよ。
それに俺も、一緒にいたら多分外には目を向けられないと思う。だから別れた方がいい。そう言われて。

すごく、納得した。私が去年の4月に思ったことと一緒だったからすごく納得した。
そしてこの人はなんて誠実なんだろうと改めて感心した。
私も今まで、こいつ無いわー、もう無理だと思ったことは数知れなかったけれど、気持ちがなあなあな時期なんていっぱいあったけれど、付き合いながら次を探せばいいやくらいの思いでいたから。
やっぱり彼は誠実なんだなと思った。
そこが凄く不器用できっと生きづらいだろうけど、でも私が人として好きな部分なんだなと思った。

私も外に目を向けた方がいいんだろうな、って凄く思う。
だけどその一方で、やっぱりいつか、私はこの人と一緒に生きていきたいなと思った。
それは、彼のような誠実な人を、私はやっぱり好きでいたいと思った。家族になるならこういう人だなと思った。
彼はもう二度と、私のことを好きになってくれないと言っていたけど、私は情けないなと思いながら言い返した。

私、あなたに1か月前振られてからこの1ヶ月間、すごく変わったと思う。
今すごくショックなの。どうしたらいいか分からないくらい傷ついてる。
でも、だからきっと変わると思うの。
ここからすごく変わると思う。そのとき、うぬぼれかもしれないけれど、あなたにもう一度好きになってもらえる自信があるよ。
あなたはベタが好きだから、あなたのために一生懸命な、あなたがのことが好きで一生懸命変わった女の子のことが、多分好きになると思う。
そのことだったら私、誰にも負けない。
もちろん外には目を向けるし合コンにも行くかもしれない。でも完全に閉じないでいてほしい。
すごく変わった私を見てもらえる機会を、せめて一回作って欲しい。チャンスが欲しい。
ごめんね、こんなことを言ったら馬鹿みたいかもしれない。
でも、私はあなたと一度別れた方がいいって思うけれど、同じだけまたいつか一緒になった方がいいって思うの。
こんなの、私のキャラじゃないかもしれないけれど、運命だなって思うし、運命を信じたいから。

なんだろう。でもなんか、彼のことを多分よく知っているからこそ、うぬぼれかもしれないけれど、そう思ってしまう。
彼はべたなシチュエーションが好きだった。
彼の思考というのは、はっきり言ってめちゃくちゃ読みやすい。
どうしたら喜んでもらえるのか、正直すべて読めてしまう。
喧嘩をしたとき、連絡が無い時、彼が何を思っているのか。今どういう気持ちなのか。
何を待っているのか、期待しているのか。
そのあたりは、ある程度先読み出来てしまう。だからこそ、私はすごく腹が立った。
そのとおり動かなくちゃ、きっと納得してもらえないのだなと思ってうんざりする。
すべて彼の手のうちにある感じが、正直嫌だった。

だからなんだろう。
彼は自分のために一生懸命頑張ってくることを、変わったことを、本当に認めてくれたら、多分好きになってくれるんだろうなと思う。
逆に振られたあたりの原因もそこで、5年間で次第に関係が雑になる中で、「自分のためにやってくれた」と思えなかったからだろうなと思う。
そこに愛情を感じられず、愛情が無くなったのだと思う。

4月か5月。そのとき本当に会ってくれるかすら分からないけれど、でも。
次が来る日まで時間は無い。週末はあと何回訪れる? 10回か12回か。そんなもんだ。
1秒も無駄にはできないし。今日から頑張らねば。

まず昨日、父に懇願して独り暮らしの許しは「まあ、あんたがそこまで言うならやってみればいいんじゃないの。あんたの根本的なところは性格を変えたいってことでしょ? 別に独り暮らし関係ないでしょ? その給料じゃ絶対大変だけど…」ともらった。
実家で27歳。楽だけど…恵まれているけど……身の丈を知りたい。
私の給料じゃこの程度しか生きていけない、ということをきちんと自覚したい。
そのうえで、自分の人生の方向性を探りたい。
私、すべてが自分でできるようになりたい。父に対して何より自信を持ちたいから。
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