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diary

のんびりまったり徒然なるままに。
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  [ 大学の友達 ]
2018-08-15(Wed) 13:15:24
大学の女友達に会った。久しぶりである。

私は大学の頃にふたつの部活を掛け持ちしながら、ゼミをやっていた。
だから、大学の友達というのは、この3つのコミュニティのいずれかに属する。

そして、同じ大学でありながら、この3つのコミュニティは文化がまったく違う。卒業後の進路も異なる。

国立大学の体育会出身者というのは、冗談抜きで錚々たる企業に就職していく。
昨日会った友人も、とある総合商社と世界中に名の知れたメーカーに勤めている。

私はいわゆる公務員。ネットだから、それ以上は言えない。
彼女たちとは随分と違う世界にいる。
卒業後、社会人としての年数を重ねていくたびに、まざまざと感じている。

例えば年収。恋人。結婚したあとの生活。キャリアに対する悩み。転職するか否か。

私は転勤を悩んだことがない。
逆に言えば、自分の住むところくらい自分で決めたいし、どこに行くか分からないことで悩み続けたくないから、転勤のないこの職業を選んだのだけど。

そう、私は私の意思で、今の世界を選んだ。
そこに後悔はないし、私は自分の選択が正しかったと思っている。

だけど、時に思う。ああ、悔しいなって。

話が合わないことや、共感できないことが増えていくことへの悔しさ。困惑。
体育会における自分の存在って何だろう、と思う。まあこれは、当時から思っていたかもしれない(笑)
彼らとは「持っているもの」が違う、と。
昨日は特に、商社とメーカーだからね。ふたりとも超大企業で、バリバリと働いている。

ただ、一方で、まあ、それはそうだな、仕方ないな、みたいな安心感が毎回生まれる。
私は今まさに自分が担当している仕事そのものはあまり好きではないけど、この世界の仕事自体は結構好きだ。

ネットだから詳しいことは書けないけれど、この間、私は間接的に、とある法令(法律、というより政令条例規則要綱を含めた大きな意味での法令)制定に携わることになった。
そこで改めて、この職業の高潔さを感じた。

私たちは、なにが正義なのかを世に問える職業なのだ、と。

いや、もっといえば、それ自体を問うのは政治家かもしれない。
でも、私たちは政治家が問い掛け、社会から上がってくるさまざまな声(肯定的なものもあれば、びっくりするくらい批判的なものもある。あるいは直接的なものもあれば、その時々の声なき同意、共通意識もあるかもしれない)を集約し、その時最も正義だと思われる政策を作ることができる。
この「作る」という主体的な作業は、政治家ではなく、事務方が担うことができる。

私は、この尊さにくらくらした。

なにが正しいのか。今の社会ではなにが求められているのか。

こんなことを考えて、みんなで議論できる職業……
とんでもなく面白いじゃないか、と思った。

だから、あまり転職したいな、とは思わない。
今のこの担当をやめたいと思うことは、多々あるけど(そうは言っても3年目だし、今の上司や同僚も優しい人ばかりなので、最近はあまり思わなくなった。月並みな表現だけど、やっぱり仕事は「何をやるか」より「誰とやるか」だと思う。)、でもこの世界の仕事は楽しい。
そういう、正義を議論できる人と出会えると、わくわくが止まらない。

……なんて、友人たちに言うことは当然できず。

なんとなく、昨日も彼女たちに向き合う「私」を上手く作れなくて、「あはは結婚ねえ……相手もいないしなぁ」とへらへらと、自分の本音ではないけれど突っ込みやすそうな話をして、「もっと頑張んなきゃダメでしょ!」とやっぱり表面的な説教を食らうのだった。
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  [ めんどくさい女。 ]
2018-06-19(Tue) 02:06:08
最近、昔付き合っていた彼氏とちょくちょくご飯に行っている。

あーこうやって最後はやっぱりこいつと結婚するんだろうか、と思うときがある。それは好きという感情とも少し違う。年貢の納め時ってやつだろうか。笑

思えば今年は、彼と出会って10年である。別れて3年。

最近、付き合った頃、すごく初々しかったなー、ということをふい思い出した。
話せるだけで嬉しくて、焦ってくる彼に「のんびりまったりしてください!」とか電話したなー、とか。手を繋ぐのが恥ずかしかった時期もあった。ひとりで帰るのが寂しかったことも。飲みすぎて迎えに来てもらい、抱きかかえられるようにして帰ったことは数え切れない。就活のときに、夜中に近所のジョナサンで泣きながら話す私の話をひたすら聞いてくれたことは感謝している。

最近見た恋愛ドラマのせいかもしれない。そんな初々しい色々を思い出した。

彼はいいやつだと思う。素直だ。馬鹿正直だ。まっすぐだ。

でもね。
あの時の私は色々と拗らせていたから言えなかったけど、本当はたぶん、もっと人並みに女の子扱いして欲しかったんだろうな、と今なら思う。

私のために頑張って欲しかった。
私のために公務員試験に受かって欲しかった。
私が苦手な、対人関係で頼り甲斐がある姿を見せて欲しかった。
私の彼氏ってすごいでしょ、と友達に思わず自慢したくなるような、そんなこと何かして欲しかった。

でも、我ながら、そんなことをいう女はめんどくさいな、と頭の片隅では思っていて、だから言えなかったのだ。そのあたりの建前と本音の歪みが、私、幸せじゃないな、と感じる根っこだったのだと思う。

当時の私は彼が好きというか、自分のことが一番好きだった。寂しいことだけど、私は私のことが一番好きで、他人に対して最低限の配慮らしきことはするけども、あくまでそれは自分が傷つかないための建前でそうしているにすぎないのだ。それは今も変わらないな、と思う。
とても寂しいことだけど、私は自分以外の他人に対して愛がない人間だと思う。

なんか、あのときの。そんなどうしようもないモヤモヤ感を思い出した。好きなのに、となりにいるときは安心するのに、いや、このままじゃダメだ。頑張らなきゃって思う気持ち。私はこのままでいいんだろうか、と悩む気持ち……

麻雀が好きなところ。ゼミをサボるところ。麻雀友達とタバコを吸うところ。
知れば知るほど、なんか、そのモヤモヤは増えていくのだ。許せない部分ばかり目についてしまう。

私って多分自分が思っている以上に人間関係に対して潔癖なのだと思う。他人にものすごく厳しい。
そういえば、昔、麻雀して欲しくない!って伝えた気がする。ほんとめんどくさい女である。

まあ、こんなことを考えるのは、恋愛ドラマを見たせいということにしておこう。
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  [ 久しぶりに ]
2016-06-19(Sun) 23:24:15
先日、久しぶりに前にお付き合いしていた方に会った。

それは、私と彼が一緒に所属していたコミュニティでの懇親会の場で。
彼は私が来ることを知らなかったらしい。
最初に、予期せず顔を合わせた時の気まずさったらなかったよ!
久しぶりに見た彼の顔は、文字通り仏頂面で固まっていた(笑)
私も酷い顔をしていたことだろうと思う。
まさか別れた相手と再会することが、こんなに気まずいものだとは思わなかった(笑)

懇親会では幹事が気を遣ってくれて、私と彼の席は一番遠い場所にしてくれた。
もちろんお互い一言も話さなかった。
ただ、会の中で全員から一言ずつ近況を報告する時間があって、そこで彼の最近の様子を知ることができた。
相変わらず出張が多いこと。そして何より、相変わらず毎週雀荘に入り浸っているらしいこと……(笑)
このコミュニティ以外で麻雀の話をすることはまずないから、麻雀に纏わる単語自体、すごく久しぶりに聞いた。役の名前とか、雀荘の名前とか。
以前の私だったら、苦笑いで軽く受け流しただろうけど、毎週雀荘に入り浸っている話は普通に引いた(笑)
あ、もう絶対無理だ、と思った。
この人とは多分話が壊滅的に合わないと思う。合わないというとあまりに自分勝手だけど、つまり私が相手に合わせられる自信がないのだ。

彼の友人とも、久しぶりに会った。5年ぶりとかそんなもんかな。
やつはやつで相変わらずだった。「先日女の子のいるお店に行ったんですよねぇ。で、同棲している彼女に怒られました」、とヘラヘラしていた(本当はもっとエゲツない内容で、とてもブログには書けない……)。
私はやっぱりドン引きした(笑)久しぶりに会った懇親会の近況報告で話すネタがド直球の下ネタかよ……
彼は彼で、学生時代すごくお世話になった先輩だった。社会人になってから女の子のいるお店に入り浸るようになって、あまり話さなくなっちゃったなぁ。。。
昔は私が「先輩ご飯に行きましょー!」ってメールすると、「俺には彼女がいるから……!」と断られる、とても誠実な方だった……

さて、話を戻して。
彼と別れてもうすぐ1年半になる。
最後に言われた言葉は今でも忘れない。「だって(私)、可愛くないよね?」
当時の私は薄々気づいていた。それはお互いがお互いのことを大して好きじゃないから。
彼は私のことが好きじゃないから、可愛く見えないのだろうし(男性の言う「可愛い」は自分にとっての恋愛対象か否か、という意味のような気がするんだよな。女性の言う可愛いの意味はもっと広く多義的だけど)
私は私で彼のことが好きじゃないから、可愛くしようと思わなかったのだろうし。
そのどちらが先なのかというと、それは卵と鶏の理論になってしまうけれど。お互いにお互いのことが大して好きじゃない、その結果が彼の言う「可愛くない」だったんだろうなぁとは思う。
彼は本当に私のことを大事にしてくれたし、それが私にとってはありがたかった。
でも一方で、「これはきっと恋愛脳だからだろうなぁ。いつか終わりが来るだろうなぁ」とも思っていた。
それは、私の方が先に終わりが来たからなんだと思う。
付き合い始めの頃って、彼さえいれば幸せ!絶対この人と結婚する!一生一緒にいる!みたいに、やたらテンションがハイになる期間がある。特に私はハタチそこそこで付き合い始めたから、2、3年はそういう状態だったと思う。
ただ、ある理由でそのハイテンションが解けてしまって、そこからはもっとずっと冷静だった。一緒にいるためにどうしたらいいかとか、どう覚悟を付けたらいいかとか、そんなことばかり考えていた。
その一方で、彼はそのテンションが比較的長く続いた人なんだと思う。それこそ5年くらい。本来ならば、そのままプロポーズに持っていくつもりだったのかもしれない。
そこで私たちはずれてしまった。

私が最後まで、彼を受け入れられなかった部分は、彼の勇気の無さと一生懸命さが見られないところだった。
彼はコミュニケーション能力が低かった。
例えば私に誕生日プレゼントをくれるとして。
私は正直それが何だっていいのである。モノはあまり大切ではなくて、見ているのは買うまでのプロセスだと思う。どういう経緯で、どこで、どうやって買ってくれたのか。
まず一般的に考えて、女性へのプレゼントを買うことは結構面倒くさく、ハードルの高い作業だと思う。女性向けの店に入って、店員さんに話掛け、プレゼント用に購入する。当然、ある程度コミュニケーションが求められる。
で、彼は大体その過程をすっ飛ばし、全てネットで済ませていた、と思う(笑)
私は何をもらっても嬉しかったけど、とにかくそのプロセスが不安で仕方がなかった。この人は上のコミュニケーションができる人なのか否かの判断ができない。いや、むしろできないからネットで買っているのか。
これに近いのが、どこで外食するか、どこに旅行に行くか、である。
彼はとにかく、サイゼリアが好きだった。あとチェーン店。
私も別に高級なお店に行きたいというわけではなくて。例えばチェーン店じゃないお店に行こうとすると、電話して予約するというコミュニケーションが求められるわけである。
全てチェーン店だと、それができるかできないか判断がつかない。いや、できないんじゃない……?旅行もしかり。全てをネットで済ませているのは便利だし安価かもしれないけど、その結果私は彼の対人能力を判断する材料がほとんどなかった。
というか、多分この人の対人能力は著しく低いと判断せざるを得なかった。

その決定打となったのは、就職活動をほとんどしなかったこと。
正確に言うと、公務員試験を受けていたんだけど、とある役所で筆記試験に落ちた結果、ふてくされて引きこもってしまった。
あとで知ったけど、友人との連絡もほとんど絶っていたらしい。
私自身、それを知ったのは彼のSNSを偶然発見したからだった。で、その晩私は夜中までブチ切れた(笑)

この人は圧倒的に人生経験が少ないのだ。もう少し大人になるまで待っていよう。
社会に出て、せめて後輩ができるまでは待とう。
社会に出て先輩や上司に色々と教えてもらう中で、きっと気が付くことがたくさんあるだろう。
後輩に教え、悩む中で理解することもあるだろう。
その時まで待とう。

そう思っていた頃が私にもありましたね、ええ……

私自身、対人コミュニケーションを非常に苦手としている自覚がある。
それは私が父子家庭育ちなのもあって、家で自然と身に付けてきたことが少ないのもある。知ってるか。親戚って叱ってくれないんだぜ。あとで悪口を父親に伝えるだけで、私は自分のダメなところに気がつけない。そし父も極めて対人能力が低い人で、他人の話に耳を傾けること教えること叱ること、そういった全般ができない。
叱ろうとすると嫌味になる。比較した上で貶める。褒めることは絶対にしない。
そこで「私は私!!関係ない!!」と開き直り社会に出て揉まれるほどの勇気もなく、なるべく普通から外れないように、父子家庭育ちだと気が付かれないように、と周りの目を気にして生きてきた。
今でもコミュニケーション能力が著しく低いと思う。できないことだらけだし、うまくかわせばいいところ、マジレスしちゃうし。人生において、圧倒的に会話量が少なかったのだろうと思う。

だから、対人コミュニケーションができる人なのかを非常に重視するのだと思う。
これから経験したことのないことに山ほどぶち当たるだろう。結婚に妊娠、出産に子育て。
それを果たしてこの人と乗り越えていけるのか。
お店すら選んで予約できない人が、一緒に産婦人科を選んで予約してくれるか!?病気になったとき、付き添ってくれるか!?絶対に無理だろ!!!俺なんでもいいよ、ってさも同意しているふりして知識なし興味なし調べる気すらなし、っていうかなんなら漫画読んでテレビ見て終わるだろ!!勘弁してくれ!!という話ですよ!!
そして私は「彼が好きだから!!友達いなくたってサイゼリアだって全てインターネット通販だって毎週雀荘だって構わない!!彼を包み込んであげたい!!無償の愛で奉仕してあげたい!!」とはならない。絶対ならない。私はお前の母親ではない。

まあそんなわけで別れて1年半である。

実は先月彼から「お前が俺に復縁迫ってくるか賭けてたのに賭けに負けたやで~」みたいなメールがきた。まあ実際はちょっと違うけど大体こんな文面。
この1年半の間で彼の中では「俺は本当は君に気持ちが残ってたのに、君が俺に頼りすぎるから成長させるために、あえて振ってやったんだ。君が1年後成長して俺のことを好きでいてくれるか賭けていた」に変わっていた。
別れ話をしたとき、大泣きする私の隣で「君のことはもう二度と好きにはならない。君のことは嫌いじゃないけどこのまま付き合ってたら俺も他の女の人を見られない。それって時間の無駄だし俺のことは忘れて欲しい」って言ってきたのどこの誰だよ。全体的に都合良すぎて噴いた。
恋愛脳から覚めた→好きじゃなくなったから振ってみた→新しい彼女作って次はすぐに結婚するんだー!→合コンやろうにも友達いない→街コン行こうにもそんなコミュ力も勇気もない→新しく入った会社の後輩からは相手にされない→あれ…俺もしかして結婚できないんじゃね…?→お手頃な元カノいたわ!あいつ俺のこと好きだって泣いてたしいけるやんけ!→俺は君のために振ってやったんだよなー絶対復縁迫ってくるわー1年後に絶対言ってくるわー(超上から目線の誇大妄想)
なのは容易に想像がつきます、ええ……
こんなやつとはいえ6年も一緒にいましたからね……(なんで付き合ってたんだろね……)

お前は一生雀荘で遊んでサイゼリアで飯食ってろと言って差し上げたい。
ただもう会うことすらないだろうなぁ。。
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  [ 2015年。 ]
2015-12-23(Wed) 21:54:03
もうすぐ2015年も終わり。
私は内部管理の仕事をしているので、毎年12月は仕事に余裕が出る。年休消化モードに入る。
ただでさえ年の瀬だという上に、自分の時間がたっぷりできるので、どうしてもこの1年を振り返り、今後のことを考えてしまう。
今年はまた生活が変わった一年で、その結果、考え方にも少し変化があったかもしれないと思う。

まず何よりも一番大きな出来事は、前の彼氏と別れたこと。
これが1月のことだったから、もうそろそろ1年経つわけか。早いものですね。
前の彼氏とは、6年弱という時間を一緒に過ごし、ほぼ毎週のように会っていた。
電話もメールも毎日のようにしていたので(そのほとんどが私の仕事の愚痴だった)、別れて最初に思ったことは、こんな私でもやっぱり「寂しい」だった。

別れた1月というのが、実はなかなか大変な時期だった。
昨年度の仕事は、イベント担当みたいなことをやっていた。いや、「イベント担当」というよりも、「なんでも屋さん」という方が正しいかもしれない。
もっと一般化した言い方をすれば、昨年度の私の仕事は、「他社に出向中の社員の人事管理」というのが主だった。
具体的には、社宅の手配、仕事内容の調整、社内の情報の共有化、そして若い彼らのモチベーションの維持向上など多岐に渡る。
要するに、出向中の社員本人はもちろん、実績を作り外部にアピールしたい管理職たちから要望の来たことをとりあえず裁いて担当部署に回すというのが私の役目だった。
ただ、そういう仕事って「それをやらなければならない理由」というのが非常に薄い。
「人として、優しさとして、寄せられた要望に応えてあげたい」というのは分かるけれど、じゃあなんでこの部署がやらないといけないの? 誰がそれを命令しているの? そのためのカネはあるの? と嫌がられて、担当部署が対応を拒否してくることもままあった。
そういうときは、自分たちで何とかする。お金が無いから時には手作り、人手も無いから休日に出勤をして片付ける。そういう、「なんでも屋さん」だった。

そのうちのひとつが、ちょうど1月末に予定していたとあるイベントだった。彼と別れたのは、その開催のまさに直前。
やはりその年に初めて立ち上げるイベントだったので、毎晩残業して、時間の足りないなかで準備を進めていた。おそらく、ストレスもたまっていたことだろうと思う。
昼間は別れたことに悲しんでいる場合ではないから、とにかく仕事に没頭した。
夜になって地元まで帰ってきて、そこでようやく、自分の身に起きたことを改めて理解して、絶望していた。
ああ、別れちゃったんだな、もう一人なんだなって。そうするとどんどん悲しくて、寂しくなって、夜道をボロボロ泣きながら帰ってた(笑)夜も12時くらいに(笑)
でも忙しかったからこそ、忘れていられる時間が多くて、そこは助かったと思っている。
そういう状況だったからこそ、こういった結末を迎えたのかもしれないけれども……

4月にそんな「なんでも屋さん」から異動したこと、これも今年の大きな転機だったと思う。
前の仕事は結局、相手があっての仕事だったので、いつ仕事が発生するのか分からないところが多かった。
もちろん、ルーティンワークと言うのもあったけれど、それ以上に「相手からの要望」と「管理職の思いつき(トップダウン)」によるところが大きくて、ある日突然課長に呼ばれて、「部長が~~~言っていたから、やり方考えてね」みたいなことが多かった。それも結構無茶ぶりなやつ。挙句、私も、何よりも当時の上司も、馬鹿真面目だったから、そういう仕事を上手くかわせなかった。いつも真正面から受け止めて、馬鹿正直に、時間をかけて全部片付けていた。

今も大きな枠組みでは「人事管理」であることには変わりなく、相手のある仕事ではあるけれど、何よりも「前例」と「仕事をしていく明確な根拠」が存在する組織なので、前のように管理職の思いつきだったり、誰かの要望で仕事をする必要が少なくなった。
決められた仕事を、決められた手順で、定められた時間内にこなせば良い。それが前の部署とは大きく異なるところだと思う。
そのおかげで、何よりも今年は時間に余裕ができた。残業時間は、前の3分の1から5分の1くらいになったと思うし、年休に至っては5倍ほど取れたと思う。
時間的な余裕が生まれたおかげで、精神的にも随分ゆとりが生まれた。同期に会うと、「表情が違う」「明るくなった」と言われるから、前はよほど追い込まれていたのだろう。

ただ、余裕が生まれたことで、逆に焦りを感じるようになった。
焦る方向性はふたつあって、ひとつは「同期はみんな必死に新しい仕事を覚えているのに、こんなに余裕があっていいのか」ということ。今までが覚えることばかりで、常に追い込まれながら仕事にあたっていたからこそ、体力的にも、メンタル的にも楽な現状に不安すら抱いてしまった。
本当にこれでいいのだろうか。一時期は、「楽なんですよね~」とへらへら笑っている私でいいのかと、悩んでしまうこともあった。
3月4月頃のこのブログを見返していても思うけど、当時はペアを組んでいた前の係長と良好な人間関係(と少なくとも私は思っている)を築くことができていたので、どんなに忙しくても、仕事が楽しくてたまらなかった。
ああ、仕事って楽しい。新しいことを一生懸命悩み、議論し、時には愚痴を言いながら、でも最後は笑って意気投合ができる。
こんなに世界の違う人とでも、コミュニケーションが取れる。なんて楽しいんだろう。
そう思っていた矢先の異動だったので、今の部署での仕事のプライオリティの低さは、ありがたいんだけど、自分の気持ちの整理を付けるのには時間がかかってしまった。我ながら、社畜だなと思ったよ……

もうひとつは、ありきたりだけど、「このまま独り身でいいのか」ということ。
時間と心に生まれて、結婚したいという気持ちがようやく理解できた。というか、ようやくそういうことを考えられる余裕ができたのかもしれない。前は、時間が無いのを言い訳にして、あまり考えないようにしていたから。

前者については、無い物ねだりだと思っている。また忙しい部署に異動したら、恐らく今が懐かしくなるだろうし(笑)
時々帰りながら寂しく、そして悔しくなるけれど、でも今年は自己啓発に努めようと考えるようにした。
せっかく仕事も新しくなったので、その関係の検定試験を受けてみたり、英語の勉強をしてみたり(このあたりはやっぱりちょっと社畜)、妹ちゃんと海外旅行に行ってみたり、今年は今までできなかったことに少しずつ手を出すことができた。
あるいは、社内の色々な部署の人と飲みに行くようにもなった。
前の部署でお世話になった方々、他部署の若手、同期の友達、などなど……
時間にも心にも余裕があるからこそ、縁を大事にしようと思えた一年ではあると思う。

後者については……どうなんだろう。独りでいる自分、には凄くしっくりくる。正直、「彼氏がいる私」よりも「彼氏がいない私」の方が、凄く私らしいと思う。
「結婚したいよねー! でも相手がいないよねー!」って、本当ににそれを望んでいるのか自分ですらも分からないまま、とりあえず友達と笑うこと目的にネタ化するというのが、学生時代に想像していた社会人の自分像に、かなり近い。その点、なんとなく安心感がある、今の私(笑)
個人的には、彼氏と別れて良かったと思っている。
付き合っているとき、特に社会人になってからはずっと、「いつか結婚する/しないといけない」という気持ちと、「でもこの人と結婚して果たして私は幸せなのか」という不安が入り混じっていた。
正直先が全く見えないのに、でも一緒にいるためには頑張らないといけないと思っていた。現状を変化させるために、結婚できる状態に持っていくために頑張らないと……と気持ちばかりが急きたてられ、でも変わらない、変えられない現状に苛立ちすらあって、つまり、ストレスがかかった状態だったと思う。相手のことを一切考えず、私本位の見方をすればね。
もちろん、本当に結婚するんだったら、というか結婚したあとだったら、そうやって折り合いをつけていくというか、一緒にいるために頑張らないといけないときもあると思っているんだけど(当初の「好き」の気持ちだけでずっと一緒にはいられないと思ってしまう。それは人の気持ちや関係性は変わっていくものだと思うから)、結婚するために頑張る、というか考えの違いを半ば我慢する、というのは違っただろうと思う。いや分かんないけどね。
ただ、私はやっぱり彼の就職活動のできない頼りなさも、ちょっと失敗したからって引きこもっちゃうメンタルの弱さも、志望動機に「ワークライフバランスを重視したいから御社」とか書いちゃう馬鹿正直さも(いや誰だってそうだけどこの状況でそれは書かんだろ。どんなに誠実は人が好きでも世の中には常識の範囲内の建前ってあるやろ)、「お前が転勤になるなんて耐えられないよ! そうしたら俺は麻雀のプロになる!」とか言っちゃうわけの分からなさも、友達を大事にしないところも、きっと受け入れられなかったんだと思う。
単純に、この先の人生でこれまでに経験したことのない事態に直面することが多々出てくるだろうけど、その時にこの人はきっと頼りにならない、常に私が頑張らないといけない、そして私はきっと“依存”され続けるのだ(だって友達大事にしないから友達少ないし会わないし……)、と思ってしまったのが、駄目だったんだろうね。

彼に最後に言われた言葉のなかで印象に残っているものがある。それは「だってかわいくないよね。かわいくしようとか思わないでしょ?」というもの。
「6年近く付き合っているのにこんなことを言わなくちゃいけないなんてショックだった」と、これを呼び水として私は振られたわけだけど、これは流石の私もそれなりに傷ついた。好きな人から、それまで好きと言われていた人から、「かわいくない」と言われる。つらかった……

だから今年は、やたら化粧品とか趣味が変わった一年だったと思う。安直で痛いけど、小物などやたら少女趣味に走ったりもした。
生まれて初めて「かわいくなりたい」と本気で思った。
今までそういう「女の子らしいこと」「女性らしいこと」に凄くコンプレックスを持っていたし、今でもあまり女性らしさとかかわいらしさって無いし、かなり引け目を感じるけれど(例えばこれは、合コンなどに呼ばれたときに本当に申し訳ないと思う。またファッションの話でブランド名が全然分からないことに自分って駄目だなーと思う。女性とファッションコスメアクセサリーなどの話で盛り上がれない。むしろ輪の中に入ることで、私が会話を止めちゃってごめんね?くらいまで自意識過剰になれてしまう。いわゆるフツーの男性に話しかける、誘う等できない、「こんな女子力の無いつまんねー私がお時間を頂戴してしまい申し訳ありません」と死にたくなる、そもそも誘い方が分からないなどの症状に見られる)
今年は……少しずつ頑張ろうと思っているけど、まだまだだ。この間女子力の高い妹ちゃんと旅行に行って改めて思った、まだまだだって。
年末年始は、時間があるから勉強しようと思う。

27歳になって早くも8か月。2015年はこんな年だった。
書いていて思ったけれど、大人になったっていうのか、これ……(笑)こじらせているだけ、のような気がしないでもないけど(笑)

まとめてみれば、好きだった人とは別れてしまったし、勝手知ったる前の職場からは異動してしまったし、そんな自分の今までの「当たり前」がたくさん無くなった年だったと思う。
でも、仕事の楽しさに気が付いたり、自分の中での方向性が見えたり、「うじうじ悩んでもしょうがないから笑顔で一生懸命頑張ろう!」って思えたり、人の縁が増えたり深まったり……そういう新しい出会いがいっぱいあった年だったとも、思う。

来年の目標は、年末年始のお休みでゆっくり考えるとして。
とりあえず、今日のところは、笑顔で一生懸命頑張れたらいいなって思う。
あとは、人としても女性としても、内面的にも外見的にも魅力的になれるよう、頑張ります!
徒然日記TB : 0CM : 0
  [ 新しくブログを作りました。 ]
2015-08-06(Thu) 20:27:40
久しぶりに新しくブログを作ってみた。


お仕事とそうではないこと。
http://mochko.hatenablo.com


その名のとおり、社畜の愚痴を書き連ねたブログになります(笑)

4年目になって色々経験する中で、自分の体験とか大事に思ったことを整理しておきたいと強く思ったことがきっかけ。

恐らく根本的に仕事そのものが好きではない、また他人に興味が薄いから、経験したことをどんどん忘れていくし、毎年どんどん気付きが少なくなってるんだよね。

気を遣えないというか、クソ細かい上司が気が付くことが、私には気付かない。気付けない。
それって悔しい……いや、情けない。あと、面倒くさい。
上司からしたら、自分には当然見えていることが部下が見えてないって、絶対にストレスじゃないですか。

そんな色々があって、会社での社畜経験を文章化して残しておきたいと思うようになった。

あとは、去年の係長との仕事の仕方を改めて反省していくなかで、そこには上司と部下の関係性構築として大事な要素が結構あったんじゃないかと思うようになった。
係長は部下の育成を考えて研修も受けていたし、私も初めて上司へのフォロワーシップを考えながら業務に当たった年だったので、いわゆるリーダーシップ/フォロワーシップの啓発本に書いてあるような内容が、あの場では実践的に行われていたように思う。

その経験も単なる「良い思い出」として風化してしまうのではなく、せっかくだから具体的事例として分析の上、記録しておきたいなと思った。

そんなこんなで99%仕事のことと、仕事の愚痴のブログになります。

よろしければご覧ください。

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