diary

のんびりまったり徒然なるままに。
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  [ 久しぶりに ]
2016-06-19(Sun) 23:24:15
先日、久しぶりに前にお付き合いしていた方に会った。

それは、私と彼が一緒に所属していたコミュニティでの懇親会の場で。
彼は私が来ることを知らなかったらしい。
最初に、予期せず顔を合わせた時の気まずさったらなかったよ!
久しぶりに見た彼の顔は、文字通り仏頂面で固まっていた(笑)
私も酷い顔をしていたことだろうと思う。
まさか別れた相手と再会することが、こんなに気まずいものだとは思わなかった(笑)

懇親会では幹事が気を遣ってくれて、私と彼の席は一番遠い場所にしてくれた。
もちろんお互い一言も話さなかった。
ただ、会の中で全員から一言ずつ近況を報告する時間があって、そこで彼の最近の様子を知ることができた。
相変わらず出張が多いこと。そして何より、相変わらず毎週雀荘に入り浸っているらしいこと……(笑)
このコミュニティ以外で麻雀の話をすることはまずないから、麻雀に纏わる単語自体、すごく久しぶりに聞いた。役の名前とか、雀荘の名前とか。
以前の私だったら、苦笑いで軽く受け流しただろうけど、毎週雀荘に入り浸っている話は普通に引いた(笑)
あ、もう絶対無理だ、と思った。
この人とは多分話が壊滅的に合わないと思う。合わないというとあまりに自分勝手だけど、つまり私が相手に合わせられる自信がないのだ。

彼の友人とも、久しぶりに会った。5年ぶりとかそんなもんかな。
やつはやつで相変わらずだった。「先日女の子のいるお店に行ったんですよねぇ。で、同棲している彼女に怒られました」、とヘラヘラしていた(本当はもっとエゲツない内容で、とてもブログには書けない……)。
私はやっぱりドン引きした(笑)久しぶりに会った懇親会の近況報告で話すネタがド直球の下ネタかよ……
彼は彼で、学生時代すごくお世話になった先輩だった。社会人になってから女の子のいるお店に入り浸るようになって、あまり話さなくなっちゃったなぁ。。。
昔は私が「先輩ご飯に行きましょー!」ってメールすると、「俺には彼女がいるから……!」と断られる、とても誠実な方だった……

さて、話を戻して。
彼と別れてもうすぐ1年半になる。
最後に言われた言葉は今でも忘れない。「だって(私)、可愛くないよね?」
当時の私は薄々気づいていた。それはお互いがお互いのことを大して好きじゃないから。
彼は私のことが好きじゃないから、可愛く見えないのだろうし(男性の言う「可愛い」は自分にとっての恋愛対象か否か、という意味のような気がするんだよな。女性の言う可愛いの意味はもっと広く多義的だけど)
私は私で彼のことが好きじゃないから、可愛くしようと思わなかったのだろうし。
そのどちらが先なのかというと、それは卵と鶏の理論になってしまうけれど。お互いにお互いのことが大して好きじゃない、その結果が彼の言う「可愛くない」だったんだろうなぁとは思う。
彼は本当に私のことを大事にしてくれたし、それが私にとってはありがたかった。
でも一方で、「これはきっと恋愛脳だからだろうなぁ。いつか終わりが来るだろうなぁ」とも思っていた。
それは、私の方が先に終わりが来たからなんだと思う。
付き合い始めの頃って、彼さえいれば幸せ!絶対この人と結婚する!一生一緒にいる!みたいに、やたらテンションがハイになる期間がある。特に私はハタチそこそこで付き合い始めたから、2、3年はそういう状態だったと思う。
ただ、ある理由でそのハイテンションが解けてしまって、そこからはもっとずっと冷静だった。一緒にいるためにどうしたらいいかとか、どう覚悟を付けたらいいかとか、そんなことばかり考えていた。
その一方で、彼はそのテンションが比較的長く続いた人なんだと思う。それこそ5年くらい。本来ならば、そのままプロポーズに持っていくつもりだったのかもしれない。
そこで私たちはずれてしまった。

私が最後まで、彼を受け入れられなかった部分は、彼の勇気の無さと一生懸命さが見られないところだった。
彼はコミュニケーション能力が低かった。
例えば私に誕生日プレゼントをくれるとして。
私は正直それが何だっていいのである。モノはあまり大切ではなくて、見ているのは買うまでのプロセスだと思う。どういう経緯で、どこで、どうやって買ってくれたのか。
まず一般的に考えて、女性へのプレゼントを買うことは結構面倒くさく、ハードルの高い作業だと思う。女性向けの店に入って、店員さんに話掛け、プレゼント用に購入する。当然、ある程度コミュニケーションが求められる。
で、彼は大体その過程をすっ飛ばし、全てネットで済ませていた、と思う(笑)
私は何をもらっても嬉しかったけど、とにかくそのプロセスが不安で仕方がなかった。この人は上のコミュニケーションができる人なのか否かの判断ができない。いや、むしろできないからネットで買っているのか。
これに近いのが、どこで外食するか、どこに旅行に行くか、である。
彼はとにかく、サイゼリアが好きだった。あとチェーン店。
私も別に高級なお店に行きたいというわけではなくて。例えばチェーン店じゃないお店に行こうとすると、電話して予約するというコミュニケーションが求められるわけである。
全てチェーン店だと、それができるかできないか判断がつかない。いや、できないんじゃない……?旅行もしかり。全てをネットで済ませているのは便利だし安価かもしれないけど、その結果私は彼の対人能力を判断する材料がほとんどなかった。
というか、多分この人の対人能力は著しく低いと判断せざるを得なかった。

その決定打となったのは、就職活動をほとんどしなかったこと。
正確に言うと、公務員試験を受けていたんだけど、とある役所で筆記試験に落ちた結果、ふてくされて引きこもってしまった。
あとで知ったけど、友人との連絡もほとんど絶っていたらしい。
私自身、それを知ったのは彼のSNSを偶然発見したからだった。で、その晩私は夜中までブチ切れた(笑)

この人は圧倒的に人生経験が少ないのだ。もう少し大人になるまで待っていよう。
社会に出て、せめて後輩ができるまでは待とう。
社会に出て先輩や上司に色々と教えてもらう中で、きっと気が付くことがたくさんあるだろう。
後輩に教え、悩む中で理解することもあるだろう。
その時まで待とう。

そう思っていた頃が私にもありましたね、ええ……

私自身、対人コミュニケーションを非常に苦手としている自覚がある。
それは私が父子家庭育ちなのもあって、家で自然と身に付けてきたことが少ないのもある。知ってるか。親戚って叱ってくれないんだぜ。あとで悪口を父親に伝えるだけで、私は自分のダメなところに気がつけない。そし父も極めて対人能力が低い人で、他人の話に耳を傾けること教えること叱ること、そういった全般ができない。
叱ろうとすると嫌味になる。比較した上で貶める。褒めることは絶対にしない。
そこで「私は私!!関係ない!!」と開き直り社会に出て揉まれるほどの勇気もなく、なるべく普通から外れないように、父子家庭育ちだと気が付かれないように、と周りの目を気にして生きてきた。
今でもコミュニケーション能力が著しく低いと思う。できないことだらけだし、うまくかわせばいいところ、マジレスしちゃうし。人生において、圧倒的に会話量が少なかったのだろうと思う。

だから、対人コミュニケーションができる人なのかを非常に重視するのだと思う。
これから経験したことのないことに山ほどぶち当たるだろう。結婚に妊娠、出産に子育て。
それを果たしてこの人と乗り越えていけるのか。
お店すら選んで予約できない人が、一緒に産婦人科を選んで予約してくれるか!?病気になったとき、付き添ってくれるか!?絶対に無理だろ!!!俺なんでもいいよ、ってさも同意しているふりして知識なし興味なし調べる気すらなし、っていうかなんなら漫画読んでテレビ見て終わるだろ!!勘弁してくれ!!という話ですよ!!
そして私は「彼が好きだから!!友達いなくたってサイゼリアだって全てインターネット通販だって毎週雀荘だって構わない!!彼を包み込んであげたい!!無償の愛で奉仕してあげたい!!」とはならない。絶対ならない。私はお前の母親ではない。

まあそんなわけで別れて1年半である。

実は先月彼から「お前が俺に復縁迫ってくるか賭けてたのに賭けに負けたやで~」みたいなメールがきた。まあ実際はちょっと違うけど大体こんな文面。
この1年半の間で彼の中では「俺は本当は君に気持ちが残ってたのに、君が俺に頼りすぎるから成長させるために、あえて振ってやったんだ。君が1年後成長して俺のことを好きでいてくれるか賭けていた」に変わっていた。
別れ話をしたとき、大泣きする私の隣で「君のことはもう二度と好きにはならない。君のことは嫌いじゃないけどこのまま付き合ってたら俺も他の女の人を見られない。それって時間の無駄だし俺のことは忘れて欲しい」って言ってきたのどこの誰だよ。全体的に都合良すぎて噴いた。
恋愛脳から覚めた→好きじゃなくなったから振ってみた→新しい彼女作って次はすぐに結婚するんだー!→合コンやろうにも友達いない→街コン行こうにもそんなコミュ力も勇気もない→新しく入った会社の後輩からは相手にされない→あれ…俺もしかして結婚できないんじゃね…?→お手頃な元カノいたわ!あいつ俺のこと好きだって泣いてたしいけるやんけ!→俺は君のために振ってやったんだよなー絶対復縁迫ってくるわー1年後に絶対言ってくるわー(超上から目線の誇大妄想)
なのは容易に想像がつきます、ええ……
こんなやつとはいえ6年も一緒にいましたからね……(なんで付き合ってたんだろね……)

お前は一生雀荘で遊んでサイゼリアで飯食ってろと言って差し上げたい。
ただもう会うことすらないだろうなぁ。。
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  [ 2015年。 ]
2015-12-23(Wed) 21:54:03
もうすぐ2015年も終わり。
私は内部管理の仕事をしているので、毎年12月は仕事に余裕が出る。年休消化モードに入る。
ただでさえ年の瀬だという上に、自分の時間がたっぷりできるので、どうしてもこの1年を振り返り、今後のことを考えてしまう。
今年はまた生活が変わった一年で、その結果、考え方にも少し変化があったかもしれないと思う。

まず何よりも一番大きな出来事は、前の彼氏と別れたこと。
これが1月のことだったから、もうそろそろ1年経つわけか。早いものですね。
前の彼氏とは、6年弱という時間を一緒に過ごし、ほぼ毎週のように会っていた。
電話もメールも毎日のようにしていたので(そのほとんどが私の仕事の愚痴だった)、別れて最初に思ったことは、こんな私でもやっぱり「寂しい」だった。

別れた1月というのが、実はなかなか大変な時期だった。
昨年度の仕事は、イベント担当みたいなことをやっていた。いや、「イベント担当」というよりも、「なんでも屋さん」という方が正しいかもしれない。
もっと一般化した言い方をすれば、昨年度の私の仕事は、「他社に出向中の社員の人事管理」というのが主だった。
具体的には、社宅の手配、仕事内容の調整、社内の情報の共有化、そして若い彼らのモチベーションの維持向上など多岐に渡る。
要するに、出向中の社員本人はもちろん、実績を作り外部にアピールしたい管理職たちから要望の来たことをとりあえず裁いて担当部署に回すというのが私の役目だった。
ただ、そういう仕事って「それをやらなければならない理由」というのが非常に薄い。
「人として、優しさとして、寄せられた要望に応えてあげたい」というのは分かるけれど、じゃあなんでこの部署がやらないといけないの? 誰がそれを命令しているの? そのためのカネはあるの? と嫌がられて、担当部署が対応を拒否してくることもままあった。
そういうときは、自分たちで何とかする。お金が無いから時には手作り、人手も無いから休日に出勤をして片付ける。そういう、「なんでも屋さん」だった。

そのうちのひとつが、ちょうど1月末に予定していたとあるイベントだった。彼と別れたのは、その開催のまさに直前。
やはりその年に初めて立ち上げるイベントだったので、毎晩残業して、時間の足りないなかで準備を進めていた。おそらく、ストレスもたまっていたことだろうと思う。
昼間は別れたことに悲しんでいる場合ではないから、とにかく仕事に没頭した。
夜になって地元まで帰ってきて、そこでようやく、自分の身に起きたことを改めて理解して、絶望していた。
ああ、別れちゃったんだな、もう一人なんだなって。そうするとどんどん悲しくて、寂しくなって、夜道をボロボロ泣きながら帰ってた(笑)夜も12時くらいに(笑)
でも忙しかったからこそ、忘れていられる時間が多くて、そこは助かったと思っている。
そういう状況だったからこそ、こういった結末を迎えたのかもしれないけれども……

4月にそんな「なんでも屋さん」から異動したこと、これも今年の大きな転機だったと思う。
前の仕事は結局、相手があっての仕事だったので、いつ仕事が発生するのか分からないところが多かった。
もちろん、ルーティンワークと言うのもあったけれど、それ以上に「相手からの要望」と「管理職の思いつき(トップダウン)」によるところが大きくて、ある日突然課長に呼ばれて、「部長が~~~言っていたから、やり方考えてね」みたいなことが多かった。それも結構無茶ぶりなやつ。挙句、私も、何よりも当時の上司も、馬鹿真面目だったから、そういう仕事を上手くかわせなかった。いつも真正面から受け止めて、馬鹿正直に、時間をかけて全部片付けていた。

今も大きな枠組みでは「人事管理」であることには変わりなく、相手のある仕事ではあるけれど、何よりも「前例」と「仕事をしていく明確な根拠」が存在する組織なので、前のように管理職の思いつきだったり、誰かの要望で仕事をする必要が少なくなった。
決められた仕事を、決められた手順で、定められた時間内にこなせば良い。それが前の部署とは大きく異なるところだと思う。
そのおかげで、何よりも今年は時間に余裕ができた。残業時間は、前の3分の1から5分の1くらいになったと思うし、年休に至っては5倍ほど取れたと思う。
時間的な余裕が生まれたおかげで、精神的にも随分ゆとりが生まれた。同期に会うと、「表情が違う」「明るくなった」と言われるから、前はよほど追い込まれていたのだろう。

ただ、余裕が生まれたことで、逆に焦りを感じるようになった。
焦る方向性はふたつあって、ひとつは「同期はみんな必死に新しい仕事を覚えているのに、こんなに余裕があっていいのか」ということ。今までが覚えることばかりで、常に追い込まれながら仕事にあたっていたからこそ、体力的にも、メンタル的にも楽な現状に不安すら抱いてしまった。
本当にこれでいいのだろうか。一時期は、「楽なんですよね~」とへらへら笑っている私でいいのかと、悩んでしまうこともあった。
3月4月頃のこのブログを見返していても思うけど、当時はペアを組んでいた前の係長と良好な人間関係(と少なくとも私は思っている)を築くことができていたので、どんなに忙しくても、仕事が楽しくてたまらなかった。
ああ、仕事って楽しい。新しいことを一生懸命悩み、議論し、時には愚痴を言いながら、でも最後は笑って意気投合ができる。
こんなに世界の違う人とでも、コミュニケーションが取れる。なんて楽しいんだろう。
そう思っていた矢先の異動だったので、今の部署での仕事のプライオリティの低さは、ありがたいんだけど、自分の気持ちの整理を付けるのには時間がかかってしまった。我ながら、社畜だなと思ったよ……

もうひとつは、ありきたりだけど、「このまま独り身でいいのか」ということ。
時間と心に生まれて、結婚したいという気持ちがようやく理解できた。というか、ようやくそういうことを考えられる余裕ができたのかもしれない。前は、時間が無いのを言い訳にして、あまり考えないようにしていたから。

前者については、無い物ねだりだと思っている。また忙しい部署に異動したら、恐らく今が懐かしくなるだろうし(笑)
時々帰りながら寂しく、そして悔しくなるけれど、でも今年は自己啓発に努めようと考えるようにした。
せっかく仕事も新しくなったので、その関係の検定試験を受けてみたり、英語の勉強をしてみたり(このあたりはやっぱりちょっと社畜)、妹ちゃんと海外旅行に行ってみたり、今年は今までできなかったことに少しずつ手を出すことができた。
あるいは、社内の色々な部署の人と飲みに行くようにもなった。
前の部署でお世話になった方々、他部署の若手、同期の友達、などなど……
時間にも心にも余裕があるからこそ、縁を大事にしようと思えた一年ではあると思う。

後者については……どうなんだろう。独りでいる自分、には凄くしっくりくる。正直、「彼氏がいる私」よりも「彼氏がいない私」の方が、凄く私らしいと思う。
「結婚したいよねー! でも相手がいないよねー!」って、本当ににそれを望んでいるのか自分ですらも分からないまま、とりあえず友達と笑うこと目的にネタ化するというのが、学生時代に想像していた社会人の自分像に、かなり近い。その点、なんとなく安心感がある、今の私(笑)
個人的には、彼氏と別れて良かったと思っている。
付き合っているとき、特に社会人になってからはずっと、「いつか結婚する/しないといけない」という気持ちと、「でもこの人と結婚して果たして私は幸せなのか」という不安が入り混じっていた。
正直先が全く見えないのに、でも一緒にいるためには頑張らないといけないと思っていた。現状を変化させるために、結婚できる状態に持っていくために頑張らないと……と気持ちばかりが急きたてられ、でも変わらない、変えられない現状に苛立ちすらあって、つまり、ストレスがかかった状態だったと思う。相手のことを一切考えず、私本位の見方をすればね。
もちろん、本当に結婚するんだったら、というか結婚したあとだったら、そうやって折り合いをつけていくというか、一緒にいるために頑張らないといけないときもあると思っているんだけど(当初の「好き」の気持ちだけでずっと一緒にはいられないと思ってしまう。それは人の気持ちや関係性は変わっていくものだと思うから)、結婚するために頑張る、というか考えの違いを半ば我慢する、というのは違っただろうと思う。いや分かんないけどね。
ただ、私はやっぱり彼の就職活動のできない頼りなさも、ちょっと失敗したからって引きこもっちゃうメンタルの弱さも、志望動機に「ワークライフバランスを重視したいから御社」とか書いちゃう馬鹿正直さも(いや誰だってそうだけどこの状況でそれは書かんだろ。どんなに誠実は人が好きでも世の中には常識の範囲内の建前ってあるやろ)、「お前が転勤になるなんて耐えられないよ! そうしたら俺は麻雀のプロになる!」とか言っちゃうわけの分からなさも、友達を大事にしないところも、きっと受け入れられなかったんだと思う。
単純に、この先の人生でこれまでに経験したことのない事態に直面することが多々出てくるだろうけど、その時にこの人はきっと頼りにならない、常に私が頑張らないといけない、そして私はきっと“依存”され続けるのだ(だって友達大事にしないから友達少ないし会わないし……)、と思ってしまったのが、駄目だったんだろうね。

彼に最後に言われた言葉のなかで印象に残っているものがある。それは「だってかわいくないよね。かわいくしようとか思わないでしょ?」というもの。
「6年近く付き合っているのにこんなことを言わなくちゃいけないなんてショックだった」と、これを呼び水として私は振られたわけだけど、これは流石の私もそれなりに傷ついた。好きな人から、それまで好きと言われていた人から、「かわいくない」と言われる。つらかった……

だから今年は、やたら化粧品とか趣味が変わった一年だったと思う。安直で痛いけど、小物などやたら少女趣味に走ったりもした。
生まれて初めて「かわいくなりたい」と本気で思った。
今までそういう「女の子らしいこと」「女性らしいこと」に凄くコンプレックスを持っていたし、今でもあまり女性らしさとかかわいらしさって無いし、かなり引け目を感じるけれど(例えばこれは、合コンなどに呼ばれたときに本当に申し訳ないと思う。またファッションの話でブランド名が全然分からないことに自分って駄目だなーと思う。女性とファッションコスメアクセサリーなどの話で盛り上がれない。むしろ輪の中に入ることで、私が会話を止めちゃってごめんね?くらいまで自意識過剰になれてしまう。いわゆるフツーの男性に話しかける、誘う等できない、「こんな女子力の無いつまんねー私がお時間を頂戴してしまい申し訳ありません」と死にたくなる、そもそも誘い方が分からないなどの症状に見られる)
今年は……少しずつ頑張ろうと思っているけど、まだまだだ。この間女子力の高い妹ちゃんと旅行に行って改めて思った、まだまだだって。
年末年始は、時間があるから勉強しようと思う。

27歳になって早くも8か月。2015年はこんな年だった。
書いていて思ったけれど、大人になったっていうのか、これ……(笑)こじらせているだけ、のような気がしないでもないけど(笑)

まとめてみれば、好きだった人とは別れてしまったし、勝手知ったる前の職場からは異動してしまったし、そんな自分の今までの「当たり前」がたくさん無くなった年だったと思う。
でも、仕事の楽しさに気が付いたり、自分の中での方向性が見えたり、「うじうじ悩んでもしょうがないから笑顔で一生懸命頑張ろう!」って思えたり、人の縁が増えたり深まったり……そういう新しい出会いがいっぱいあった年だったとも、思う。

来年の目標は、年末年始のお休みでゆっくり考えるとして。
とりあえず、今日のところは、笑顔で一生懸命頑張れたらいいなって思う。
あとは、人としても女性としても、内面的にも外見的にも魅力的になれるよう、頑張ります!
徒然日記TB : 0CM : 0
  [ 新しくブログを作りました。 ]
2015-08-06(Thu) 20:27:40
久しぶりに新しくブログを作ってみた。


お仕事とそうではないこと。
http://mochko.hatenablo.com


その名のとおり、社畜の愚痴を書き連ねたブログになります(笑)

4年目になって色々経験する中で、自分の体験とか大事に思ったことを整理しておきたいと強く思ったことがきっかけ。

恐らく根本的に仕事そのものが好きではない、また他人に興味が薄いから、経験したことをどんどん忘れていくし、毎年どんどん気付きが少なくなってるんだよね。

気を遣えないというか、クソ細かい上司が気が付くことが、私には気付かない。気付けない。
それって悔しい……いや、情けない。あと、面倒くさい。
上司からしたら、自分には当然見えていることが部下が見えてないって、絶対にストレスじゃないですか。

そんな色々があって、会社での社畜経験を文章化して残しておきたいと思うようになった。

あとは、去年の係長との仕事の仕方を改めて反省していくなかで、そこには上司と部下の関係性構築として大事な要素が結構あったんじゃないかと思うようになった。
係長は部下の育成を考えて研修も受けていたし、私も初めて上司へのフォロワーシップを考えながら業務に当たった年だったので、いわゆるリーダーシップ/フォロワーシップの啓発本に書いてあるような内容が、あの場では実践的に行われていたように思う。

その経験も単なる「良い思い出」として風化してしまうのではなく、せっかくだから具体的事例として分析の上、記録しておきたいなと思った。

そんなこんなで99%仕事のことと、仕事の愚痴のブログになります。

よろしければご覧ください。

未分類TB : 0CM : 0
  [ 問答無用の大人。変わったこと。 ]
2015-04-19(Sun) 01:58:45
先日27歳になった。問答無用の大人である。許されない大人である。

この1か月で変わったこと。
遂にというか、ようやくというか、やっぱりと言うべきか。初めての部署異動があった。勤務地も変わった。
3年間同じ場所にいたので、初めての異動は期待と不安と半々くらい。でも不安が大きいかもしれない。
そしてなによりも一番変わったと思うことは、声を大きくしては言えないけれど、この1か月で仕事がほんの少しだけ好きになった。

係長と示し合わせたかのように休日出勤をした2月最後の土曜日。
あれから年度末まで、ほぼ毎週のように休日出勤が発生した。
2月3月と恐らく残業時間は月100時間を超えていたと思う。この部署は例年そうで、これが結構メンタルに来るのだが、今年は不思議と精神的に楽だった。
というのも、あの休日出勤から、係長との関係が非常に突き抜けたから。

それは上司の指導育成と戦略の賜物なのか。上司の高いコミュニケーション能力の恩恵なのか。
「部下」である私は真実が分からないから、個人的な感想であるけれども、あの休日出勤で少なくとも私は以前に増して係長への信頼が生まれた。
この上司は自分と同じ価値観で仕事をしていると認識し、そこに信頼を置く大きなきっかけになった。

係長はいつも仕事に対して愚痴を吐く。常に異動したいと零し、本当に勘弁してほしいと口では言う。
しかし、結局いつも先のことを考えて、どんなに自分が損する(残業する、あるいは休日出勤する)ことになっても、最も正攻法で、他人に喜んでもらえる道を選ぶ。その根底には、仕事に対する思いが明確にある。
「異動したいよね」と散々愚痴って笑いを取りながら毎日終電まで、下手したら休日出勤でも終電まで働くのだ。
「係長」という会社人生の長さや、家族もいるという人生経験を考慮すれば、恐らくもっとズルができるし上手く生きられるとも思う。
でも係長は絶対にそれをしない。
愚痴を言うけど、クソ真面目に一生懸命。いつも仕事の本質を見失わない。

この人、実は凄いんじゃないか。
それはもしかしたら当たり前のことなのかもしれない。一生懸命、正直に、真面目にやるということ。でも、当たり前のことを、ここまで当たり前にできる人が、果たしてどれほどいるだろう。
信頼できる上司だと思った。信頼してついていきたい上司だと。
表面的で薄い人間関係では無く、きっちり本音で接して、仕事の議論を行いたい上司だと思った。

そう思ってから、実は仕事が楽しくなった。
年度末で少なくともどちらかは異動だろうから、それまでにこの上司から学べるところを全て学んでおきたいと、そう思うようになった。
その意識が影響したのか、それとも年度末ハイのせいだったのか。
係長との関係も、これまで以上にフランクになっていった。

ひとつには、3月に入り係長があまりに「異動したい」と言うものだから、それを課長とふたりして弄っていたというのがある。
お約束の流れがいくつかあった。まるで新喜劇的なコントで、それを繰り返すうちに組織で会話の弾みやすい空気感が生まれて行った。そういうのはある。
でもやっぱり何よりも、しなくても良い休日出勤を何度も繰り返す中で、信頼関係が生まれていったように思う。
「まさか明日はご出勤されないと思いますが(笑)」
「ええ、まさかこの土日に係長にお会いすることは無いでしょうね(笑)」
「そりゃ私は仕事が嫌いだから来ないですよ(笑)」
「私だって何が悲しくて土曜日に出勤するんですか(笑)」
金曜日の残業中、お互い冗談交じりによくそんな茶番を言っていた。
でも、その時点で分かっていたのだ。
少なくとも自分は出勤するし、その時この上司(部下)も恐らくいるのだろうということ。でもコミュニケーションの「型」として、そんなことは一言も言わない。でも言わなくても分かり切ってるし、相手が分かっているということもお互いなんとなく認識している。仮に本当に出勤しないのならば、冗談半分で言う上司では無い。恐らく即座に真面目な顔で謝ってくるだろう。出勤出来なくて申し訳無いと。
このしょうもない会話の中で、実はこれだけの情報量と前提があって、それを共有出来ているということが、おそらくコミュニケーションの円滑化に一役買っていたのだろう。言わなくても分かるということ。
仕事に対する価値観が近いということが、おそらく最も根底にあり、意味をなしていたように思う。仕事を嫌いとは言いながら、結局責任感でやってしまう。そこには妥協をしない。そういう価値観はおそらく近いものがあったと思う(もっと言えば、係長の方が更にストイックだったとは思う。私の方が割と妥協もするしズルもする)。そんなコミュニケーションをしても、お互い不快にならずに出勤出来たんだから。

扱っていた「仕事」の目的への思いは私もある程度あるし、係長は確固として持っている。
でもそれを達成するための個別の「手段」は別に好きではないと思う。
例えば、相手の出方を伺いながら調整するとか、資料を作るとか。もっといえば残業を伴うとか休日出勤とか。別にそういう行為そのものが好きなわけでは無いと思う。
ただ、その「手段」を講じるために、価値観の近い上司とコミュニケーションを取る時間がとにかく楽しかった。
そこで、私はようやく気が付いた。社会人3年目にして、とても大事なことに気が付けた。
「仕事は人」とは良く言うけれど、それはこういうことを言うのかもしれない。
「仕事が嫌い」とずっと思っていたけれど、それでも楽しく仕事はできる可能性があるのだと。
仕事のうち、私が嫌いなのはあくまで「手段」なのだ。調整するとか落とし所を見つけるとか。お願いするとか相手が不快に思うだろうことを言わなくちゃいけないとか。もっと言えば初対面の人と話さないといけないとか、そういう根本的なところ。私はそれが嫌いなのだ。
でも一方で、私は同じ価値観で仕事の出来る人と一生懸命頑張れることを、とても楽しいと思えるのだ。
そうやってコミュニケーションを取れることが、同じ価値観でいると分かり合えることが、実は凄く楽しいのだ。
これが本当に、目からウロコだった。

そんなコミュニケーション手段の獲得で何が変わったかと言うと、私の係長への信頼が増したのはひとつだけど、それ以上に課長たちからよく「楽しそうだ」と言われるようになった。
会話の内容は「異動したい」を基本とする中身の無いものばかりだったけれど、とにかくポンポンとテンポよく会話が進む。課長からはよく「(私)は強くなった」とも言われた。直属の上司に突っ込み入れているんだから、そういう評価にもなるだろうと思う。
係長は遠慮していた私に突っ込めるようになったし、私も係長に突っ込めるようになった。私はそれに反論出来るようになった。そうして、職場に笑いが生まれた。
仕事はもちろん真面目に取り組んでいたけど、業務時間外は本当に冗談ばかり言っていた。でもスイッチが切り替わるようにやっぱり真面目に仕事の話をした。
そのような中で、上司としてはもちろん尊敬しているけれど、この係長はそもそもめちゃくちゃ面白い人なんだな、と思うようになった。
そして、私はこの人が人としてとても好きなのだと、この人に出会えて良かったなと素直にそう思った。
社会人になって初めて、同期以外で、コミュニケーションを取ることが楽しい人に出会えたと思った。
大げさだけど、そこにまた感動したのだ。

何よりも良かったと思うのは、仮にも男と女ではあるけれど、色気のある状況には全く陥らず、ぶれることなく「業務について」そして「異動したい」で盛り上がれたこと。
私は1年部下をやっていたけれど、結局係長について知っていることはほとんどない。年齢と家族構成くらいしか知らない。
少なくとも係長は、私に対してプライベートを開示しようという意思は一切無かったと思う。むしろ頑なに出さないようにしていたとすら思う。それは会話での言葉の使い方や、話題の選び方からなんとなく感じるところだった。
逆に私に対しても、一切プライベートを聞かなかった。例えば、週末何をしているの? 普段何をしているの? そういう世間話すらしなかった。だけど、私はそれが凄くやりやすかった。組織の自分でさえいれば良いという気軽さ。
かたや中学生のお父さんで係長。一方アラサーオンナで当時はまだ3年目。
いつも思うのだけど、生きている世界が全然違う。会社における役職も、人生経験も。持っているものも、直面している人生も。
でもそんな全く異なる人間でも、「仕事」という媒体を通じて、コミュニケーション出来るのだから本当に面白い。
逆に「仕事」を通じると、そういう全く違う世界にいる人とも、価値観の共有が出来る可能性がある。それってもしかしたら、凄く面白いことなのかもしれない。そういうことに気がつけた1年だった。

そして3月末。結局、私も係長も部外に異動になった。
誰よりも寂しがったのは課長で、異動が決まってからは毎日のように「ふたりとも晴れ晴れとしちゃってさぁ」と恨み節を言いながらも、帰り際には「ふたりが異動するまで、あと○日かぁ……」と呟いていた。
異動の雰囲気が漂い始めてから、それまで仕事が忙しかったのもあり、全く飲みに行ったり出来なかった課長と係長と、何度も飲みに行った。あるときは私の地元まで来てもらったし、あるときは仕事終わりに打ち上げで、またあるときは部の飲み会のあと2次会で。
私は飲むたびに、何度もお礼を言った。本当に楽しかったと、何もかもが勉強になったのだと。何度も何度もお礼を言って、そして必ず異動が寂しいと涙した。
課長はいつも言ってくれた。じゃあ異動してもまたこうやって集まろう。一番下の(私)が鍵なんだよ。絶対声をかけてくれよ。1年に1回で良い。年に1回でも集まる機会があれば続いていくから。そう言ってもみんな忘れていくんだからね。声をかけてね。また(私)の地元で、あるいは新しい勤務地の近くで。また集まろう……
それだけこの1年間が楽しかった。願わくば、もう1年、この上司たちの下で働きたかった。
楽しかった。大変だったけど、本当に本当に楽しかった……

そして4月。今は全く別の部署で働いている。
新しい仕事の内容は、もちろんこれまでとは全く異なっている。だけど、でも意外と「仕事」の「手段」の部分は同じなのかもしれないと、この2週間ちょっとの中で感じ始めている。
新しい係長もとても良い人。何よりも仕事に思いがある。ただし、キャパオーバーすると一人小声でキレているけれど(笑)、そこはこれから何とかサポートし、あまり係長の負担とならないようになっていきいと思う。
私が3年目の1年間で、勉強し、最後の1か月で気が付き芽を付けたものは、少しずつ花開いていると思う。
仕事の面白さであったり、自分の相手にする人たちへの接し方であったり。あるいは自分の立ち位置を改めて客観的に見ることが出来た1年であったとも思う。私の仕事は、いつも新しいことばかり。でもこの組織においてそれは、特に若手にとっては、きっと恵まれているのだ。
散々課長から「次の職場は、次の仕事は大変だよ」と脅されて異動してきたけれど、今の仕事は前の職場で培ったものこそが確実に役に立つ。それに、大変かもしれないけれど何より面白い仕事だし、上手くいけばみんなに喜んでもらえる。前向きな、恵まれた仕事を与えてもらったなと感謝している。
「仕事ってもしかして楽しいのかもしれない」は着実に芽を大きくしている。
大変かもしれないけれど……でも一番大変なのは、私の相手にする人たち。これは間違いない。
だから、その人たちがやりやすいように、そしてなにより満足してもらえるように、愚直に真面目に、時には愚痴を言いながら、一生懸命頑張ろうと思う。

最後に、前の係長のこと。前の係長も異動し、私の今の仕事とは何ら関係が無くなった。
だけど不思議なことに、今でも不定期ではあるけれど、業務メールをしている。
その内容はあってないようなもので、薄ーい業務の話と、世間話と、しょうもない冗談がほとんど。
ただし必ず、返信「できる」要素が入っている。この「できる」というのがミソで、あえて返信しなくても全く問題は無いけど、でも返信することが可能なようになっている。押しつけがましさの無い、キャッチボール出来る要素。
忙しければ返さなくても問題ない。そこで終わって全く問題無い。でも返そうと思えばそのフックを使って返信が出来る。そういう、それ自体で完結しないメール文章。コミュ力の高い係長らしい文章の作り方である。
いつまで続くんだろうか、これ。そう思いながら、私は今日も係長にメールを返す。やっぱりどこか返信「できる」要素を遠慮がちに入れて返す。
いずれきっと、仕事が本格的に忙しくなってくれば、共通の話題も無くなっていき、このメールも途絶えてしまうのだろう。
もしかしたら今日返すメールが最後かもしれないな、なんて毎回思いながら、でもなんだかんだ返信を楽しみにしている自分がいる。
「係長って本ッ当に仕事が大好き人間ですよね……」、そんなくだらない不躾な一言に律儀に応えてくれる上司。
「好きじゃないですし今年は休みますよ! 去年と違って計画的に休みますよ!(笑)」やっぱり愚痴を交えながら、律儀に報告してくれる上司。
そんな面白い係長と、願わくば、いつかまた一緒に仕事がしたい。
色んな人に頭を下げて回って、残業して休日出勤して、いーーーっぱい笑える愚痴を言っても、一生懸命真面目に愚直に、新しくて前向きなことをたくさんやりたい。

さて、いつ課長と係長を飲みに誘おうか。話を聞きたいこと、話をしたいことが山ほどある。
とりあえず、今月末に一度会えるのが楽しみでならない。
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  [ 26歳の私。 ]
2015-03-08(Sun) 15:27:57
27歳の誕生日までちょうどあと1か月だ!

26歳は自分のなかでは物凄く転機となった1年だった。
6年弱お付き合いしていた彼氏と別れたことは言わずもがな。
それによって生活リズムは大きく変わったし(それまでは毎週土日は基本的に彼氏と会っていたからね)
それ以外の部分でも色んな事が変わった。
例えば、26歳の秋にはお片づけができるようになった(それまで部屋を綺麗な状態で保つことができなかった)。
あるいは、冬には父に「結婚を考えている彼がいる」と言うことができた(そのあと別れたけどね)。
他人から見たら些細なことかもしれないけれど、自分の中では考え方に大きな変化のあった1年だった。

きっかけは、秋に。
今年は1年ずっと忙しくて、夜8時に退勤出来たら早い方だねって、そんな感じで日々過ぎていった。
このまま60歳まで働き続けたら、「私」の時間=人生はあとどのくらいあるんだろう、とリアルに計算してしまった。
一日当たり2時間くらい。平日5日間で10時間。休みの日は17時間ずつくらい。2日で34時間。
おそらく1週間で48時間、2日間無いと思う。1か月に8日間。1年間に96日。100日弱。
あと34年間働くとして、3400日……

大学時代まですべて自分の時間、人生だったとしたら、これからの人生はなんて短いんだろうと思ってしまった。
人生は短いということを、物凄く強く感じてしまった。
当たり前のことだけど、人生は有限だ。やりたいことはたくさんあるけど、もう「私」の時間は今までのように無限にあるわけじゃない。
だから部屋を片付けようと思った。自分の時間は、綺麗な部屋で過ごしたいと思ったから。

自分の部屋を整理しながら、色んな事を考えた。
私の人生に必要なものは一体何だろう。私の人生はどんなパーツで組み立てられているんだろう。
それまでただなんとなく部屋に置いたものをいるのかいらないのか考えながら、自分の人生に必要なものと不必要なものを選別していった。
今までなんとなくふわふわと曖昧に生きてきた「私」を、きちんと自覚しようと、そう思った。

そのなかで、自分にとって大切な価値観は何だろうということも考えるようになった。
特に彼氏と喧嘩をし、「前ほど好きじゃなくなった」と言われて、そして別れるまでの間に。

私にとって一番大切な価値観は「誠実」だと思う。
誠実に生きること。誠実に仕事をすること。

素直であること。まっすぐであること。
多分要領良くは生きられない。コミュニケーション能力は低いし。
上手いことその場で口先だけで説明して、後から理屈やストーリーを整えるなんてやり方も出来ないと思う。
ただ、誠実でありたいなと思った。誠実に、真面目に、まっすぐに、一生懸命生きていきたい。

「お前は感情が全部顔に出るな! なんで写真撮りながらうなずいてるんだ! にこにこしてるんだ!」
「……それは、思うところがあったからなんじゃねーのか。だからうなずいていたんだろう? 納得したんだろう?」

これは私がとある座談会で、カメラ係をやっていたときに、上司から言われたこと。
カメラ係のくせに、座談会の話にいちいちうなずいて、納得して、神妙な顔をして、お辞儀をして。
……それがとても奇妙に映ったらしい。笑
だけど、その様子を肯定的にとらえてくれた。こいつには、何か響くところがあったんだなと、分かってくれた。
感情がこんなにもダダ漏れだったんだな、と思うと恥ずかしかったし、大人として情けないし、要領悪いなぁ自分と思った。
でも、そういう人間だから仕方が無いなと思う。頭悪いから、ソツない生き方は多分出来ないのだ。
だからこそ、誠実であらねばならないと思う。誠実に、愚直に。
誠実に、まっすぐに、真面目に、一生懸命生きていきたい。
そしてその一生懸命さを、残念な真面目さを認めてもらうしかきっと道は無いような気がする。

愚痴ったってしょうがないでしょ。だって一生懸命なんだもん。
まっすぐ、正攻法で乗り越えようとしたら、初めは壁にだってぶつかるし。
でもきっと、何度も何度もぶつかったら、今度はもうちょっと人間らしい対応が取れるようになると思うから、許して欲しい。
そして、一生懸命やるけど、多分要領悪いしコミュ力無いから、周りの人にはいっぱい迷惑かけると思う。
だからこそ、大好きな人には大好きと、お世話になった人にはありがとうと、最後には一生懸命伝えたい。

なにより感謝しているのは元彼だ。
私が「誠実」こそが一番大切だと気付かせてくれたのは、何よりも誠実な元彼のおかげだから。
彼はお勉強は凄くできるけど人生的な意味では頭良くない。とにかくダサいし、格好悪いし、友達大事にしないし、教養無いし、麻雀馬鹿だし、プライド高いし。
……うんざりするところばかり思い出すけれど、何よりも素直で誠実で真面目。
だから好きだったし、今でも尊敬している。

26歳はそんな1年だった。多分、25歳よりずーっと大人になったと思う。
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